学会

日本抗加齢医学会2023

山田秀和
理事長提言;暦年齢から生物学的年齢へ
日本抗加齢医学会は老化を疾患とみなし健康寿命の延長を目標として活動を進めている。 従来は予防医学を中心に進めてきたが、老化のメカニズム研究の進歩により、老化制御のための治療法の探索が始まっている。 残念ながら、国際疾患分類ICD-11ではエンドポイントを老化として治験を組むことができない。ICD-12では、老化が疾患と認識されるようWHOに対して働きかける必要がある。 さらに、山中因子を用いたリプログラミングにより“若返り”が可能になり、アンチエイジング医学は、老化制御の手法として予防医学や老化速度の抑制だけでなく、真の“若返り”の治療も目標として進めるべきである。特に次の3点を進めたい。1. 老化の特徴とされる項目は、2013年の9から現在では14以上にもなり、老化へのターゲットも多様化してきた。既存薬も含めて臨床開発を進める必要があります。特に再生医療領域は重要で、この領域の知識と手技を学ぶ機会を増やしたい。2. 我々は、老化速度を遅らせたいのだ。老化計測の共通のコンセンサスが必要である(癌のTNM分類のようなもの)。 老化を生物学的年齢での評価に変えることで治験ができるでしょう。今後は、全体としての老化(機能的)、個々の臓器、細胞、での色々なレベルでの老化評価法の標準化が必要となろう。老化を、“経時的な転写ネットワークとエピジェネティック情報の損失による”と仮定する“老化の情報理論”においては、DNAのメチル化時計やepigenome関連の時計が重要である。3. 年齢主義agismに反対し、寿命問題についての議論を深める必要がある。老化をコントロールすれば、経済成長や社会福祉が向上する可能性がある。老化を阻止した治療の経済的価値については、VSL(Value of Statistical Life:死亡リスクと費用投入のトレードオフ率)などを用いた推計を進め、老化治療への投資のための理論構築が必要だ。2025年の大阪関西万博では、「輝く命、未来社会へのデザイン」をテーマに掲げている。暦年齢から生物学的年齢への理解を深めることが重要なメッセージとなりえる。

大須賀穣
女性の一生と次世代にむけたアンチエイジング
女性は男性と異なり妊娠・出産を行うための生物学的特性を持っており、年齢に応じてホルモン環境が大きく変化する。そして初経から閉経までの生殖年齢と閉経以降の年齢においてみられる疾患が大きく異なる特徴を持つ。生活習慣病は一般に閉経以降に問題となるが、生殖年齢に特有の様々な疾患が将来の生活習慣病の発症に関連していることがわかっており、アンチエイジングの観点からも生殖年齢の疾患に対応していく必要がある。また、閉経期においてはエストロゲンの急激な低下により更年期症状が引き起こされるが、このエストロゲン低下もアンチエイジングの観点から適切な対応が求められている。一方、妊娠出産は母親自身の将来の健康に関わるだけでなく、児の成人期以降の健康においても重要な意味をもつ。子宮内の環境が児の将来の生活習慣病の発症に影響することは定説となってきたが、さらに妊娠前の父親、母親の健康状態が精子や卵子を介して児の将来の健康に影響することもわかってきた。すなわち、児のアンチエイジングの観点から両親の妊娠前の健康状態をとらえる必要がある時代になってきた。広くとらえるとアンチエイジングの実践は妊娠前、妊娠・分娩、そして一生を通して行う時代に入ってきているのではないであろうか。

大月敏雄
超高齢化社会における「住まいまちづくり」のあり方
戦後の日本では、住宅は国土交通省住宅局が所管する住宅政策の範疇と相場が決まっていた。ただ、直接的に国がタッチしてきたのは、公営住宅や公団(現UR)・公社住宅などの公共住宅であったが、これらは全住宅ストックの5%にも満たない。大多数は民間ベースの戸建住宅や分譲マンションなどの持ち家と、比較的零細規模の民間賃貸住宅であり、国としては、経済政策の一環として、持ち家住宅供給支援を長らく続けてきた。
ただ、21世紀に入った頃、超高齢社会への対応策として高齢者の入居を拒まない賃貸住宅を登録する制度などを含む住宅セーフティネット政策が登場したが、高齢者の賃貸住宅への入居拒否はなかなか改善しない。一方で、持ち家の戸建て住宅に住む高齢者にとっては、ギリギリまで自宅に住めるためのバリアフリー改修が需要だが、介護保険における20万円度の手すり設置が主流となったために、それ以上の居住環境の改善はほぼなされずに、高齢者が施設へ転居した後の空き家が、住宅行政における課題ともなっている。
一方で、国土交通省周辺では「まちづくり」といば、都市計画分野の言葉であり、そもそも都市計画の策定・実施主体は公共団体であった。ただ、公共団体に混じって、地元住民団体、NPO法人、医療福祉分野の法人なども、都市や地域空間の物理的な形成やその運用(マネジメント)にコミットしながら、進めていった方が民主的であるし、より良い地域資源の活用と個別のニーズへの対応にふさわしいということから、「まちづくり」がを担う多様な主体が形成されてきた。
 こうした中、住まいづくりとまちづくりを地続きの一連の活動と捉えた「住まいまちづくり」とも呼ぶべきムーブメントが現在、地域において多様に見られるようになり、超高齢社会対応型の重要な動きも見られるようになった。ここでは、上記のような経緯を背景とした、超高齢社会における住まい街づくりのあり方の方向性について、述べてみたいと思う。

堀江重郎
選食の時代
あらゆる食材が手に入り、健康で豊かな食生活を享受できるはずの現代は、食の産業化による飽食の時代ではあっても、男性の肥満、女性のるいそう、腸内細菌の多様性の喪失をはじめとして多くの食の問題が顕かになってきた。食のリテラシーを高める上で、選食の考え方が重要になっている。選食は、食の多様性を保ちながら、程よい制限をすること(質と量を選ぶ)、自分に合った食を選ぶこと(価値を選ぶ)、そして食を楽しむこと(時を選ぶ)からなる。健康長寿を保つうえで食は極めて重要な生活習慣である。
この講演では、ファスティング、現代日本人の栄養欠乏、がん、ユネスコ世界文化遺産としての食の役割について紹介する。

新村健
老年学のすゝめ2023
 内科、外科、小児科は知っているけれど、老年科なんて聞いたことがない、という人が世の中の大多数だろう。子供が、成人のミニチュアではないように、お年寄りは、成人の単純な劣化版であると、簡単には片づけることはできない。だから加齢と老化の科学を専門とする老年科が必要なのだが、残念ながら日本では衰退傾向だ。
 お年寄りの定義は、どのように決まるかというと、生物学的な特徴によるのではなく、社会制度や保険制度上、便宜的に決められているにすぎない。今のお年寄りの定義(65歳以上)を用いると、2022年に日本人の29.1%が高齢者で、2040年には、35%を超すと予想されている。ただし、20年前の65歳と今の65歳が同じかというと、それは大きな間違いである。つまり、アンチエイジングがすすみ、今の65歳の大部分の人は、20年前の65歳よりずっと若い。
 老年学が包括する内容、お年寄りの心と体(生物学的、心理学的要因)、お年寄りが社会、経済に及ぼす影響や関係する制度、を正しく学ぶことは、超少子高齢社会へとひた走る日本の次代のリーダーとなるべき皆さんにとって必修科目である、と強調したい。
 マスコミは“人生100歳時代”と、何もしなくてもだれもが100歳まで生きることができる社会が到来するように国民をミスリードしている。しかし、100歳まで生きるにはしっかりとした知識と日々の努力が必要だ。実は老化は10代の皆さんにも始まっている。今日の議論を参考に、明日から、少しだけでも生活をアンチエイジング方向に変えてみよう。

井上浩義
エネルギー、環境、そして抗加齢医学
2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻を契機として、エネルギー、穀物などの国際商品は急激な高騰に見舞われました。身近には、私たちの電気料金は2年前よりも50%以上値上げされています。この状況で、国際的に入手しやすく、既存設備が使用できる化石燃料型発電が増えています。また、現在の国際紛争が収束に向かっても、爆発的に増加する世界人口(この36年間に60%も増加している)は世界規模から私たちの生活周辺までの環境を悪化させ続けるでしょう。環境問題は私たちの空気質、水質、土壌質を悪化させるだけでなく、その汚染は人類の進出によって宇宙にまで広がっています。
この環境の悪化は、その中で生きる私たちの健康にも当然影響を与えています。環境に直接晒される眼、皮膚はもとより口や鼻を通じて胃や腸などの消化管、肺などの呼吸器官、そして、血管を通して、全身に影響が及んでいます。例えば、粒子径が2.5μm以下の微粒子で、空気汚染の指標となるPM2.5は肺を通して血管に入っていきます。これにより、呼吸器では喘息やアレルギー性鼻炎などの発症に関与したり、慢性気管支炎や慢性閉塞性肺疾患(COPD)を悪化させることが知られています。また、心臓・血管では不整脈や血栓を生じさせる可能性が指摘されています。さらには、培養細胞での研究ですが、私たちの細胞の中の遺伝子にまで変化を起こすことが報告されています。これに対して、例えば、家屋の場合、2022年6月には、建築物省エネ法が改正され、2025年以降は高い断熱性能の家しか建てられなくなります。また、東京都、京都府、川崎市などでは太陽光発電の設置義務化が進められています。昔の日本家屋では、窓や扉を開き、太陽光や大気を屋内に取り込むことが良いことだとされていましたが、これからの住宅は機密性を高くして、悪化する環境から我々を守る砦となるのです。
人類の存在故に環境を悪化させると言えども、私たちはその存在を否定することは出来ません。そのためにも、私たちは科学・技術の歩みを止めることはできないのです。

田中孝
開業医がすすめるアンチエイジング医療
 当院は消化器系早期がんを発見することを使命としてきたが、その延長はがん予防であり、がん予防を積極的に展開すると本質的にアンチエイジング医療に到達する。患者さんのニーズはガン予防であり成人病予防でさらに最近では認知症予防が重要になってきた。これらすべての生活・栄養・運動療法の基本は共通であり、アンチエイジング医療そのものである。患者さんに日々の生活の中で“こうすれば病気の予防になります”と訴えてもなかなか聞く耳をもたれないが、“こうするとアンチエイジングになりますよ”と説明すると、“よしやるぞ”と意気込みが入る。このようにアンチエイジングという言葉の響きそのものに“カリスマ性”があり、アンチエイジング医療を進めることがすべての疾病予防に繋がっていくと確信している。
 現在、私は一般保険診療の中に、アンチエイジングの理念を取り入れることを、大切なテーマにしている。抗加齢医学会というアカデミーから、長寿遺伝子の賦活化、酸化防止、糖化防止、ミトコンドリア劣化防止、腸内細菌や口腔内細菌の人体への関与等、多くを学んできた。健康寿命を伸長する目的で、7-8時間の良好な睡眠摂取、適度な糖質制限、さらにケトン食の意義、Na摂取制限、毎日最低15分の速歩、骨密度増強に重力が必須、など多くの事項を臨床現場に還元できる。
 一方、日本を含めた世界の潮流は、バイオ製剤の開発や再生医療など、治療に対して財務負担が急増する方向に向かっている。日本抗加齢医学会は、このような最先端医療の真髄に深くかかわることも必要だと思う反面、患者さんそれぞれに最適な日常の生活習慣を指導することこそが、抗加齢医学を学ぶ臨床医の務めだと信じている。 

尾池雄一
人生100年時代のアンチエイジングサイエンス
超高齢社会の到来により、老化の遅延および健康寿命延伸が喫緊の課題となっている。それ故、個体老化の基本メカニズムを解明し、それに基づく個体老化の制御や加齢関連疾患の治療戦略開発が重要である。細胞老化は、不可逆的な細胞増殖が停止した状態と定義されるが、生体には活発な増殖細胞を含む臓器のみならず、脳や心臓のような細胞増殖の乏しい臓器でも、加齢に応じてほぼ同じ時相で機能低下をきたす。このことは、分子、細胞、組織、臓器、個体の階層を超えた統合的理解が、個体老化の解明には重要であることを示唆している。
本講演では、細胞老化を示す細胞から個体の老化や関連疾患に関わる因子が分泌される現象 Senescence-associated secretary phenotype(SASP)、個体を構成する全ての細胞が必須とするエネルギー(ATP)産生に重要なミトコンドリアの機能変容、様々な生物で個体寿命延伸をもたらすカロリー制限の観点から、個体の老化および加齢性疾患の発症に関わる分子基盤について議論したい。

柴田淳史
DNA 損傷により惹起される免疫制御系リガンド発現調節機構
細胞は生命活動を行う中で常に様々なストレスに晒される。数あるストレスの中で、DNAに対するストレスはゲノムストレスと呼ばれ、突然変異や細胞死の原因となる。近年、ゲノムストレスをきっかけとして細胞内シグナル伝達が活性化され、免疫応答が引き起こされることが明らかになってきた。我々はDNA損傷応答から生じるシグナル伝達を介した免疫制御系リガンド発現調節機構に着目し、これまで研究を行ってきた。我々は、放射線照射や化学療法剤により誘発されるDNA損傷が起点となり、DNA損傷シグナル伝達分子であるATR/Chk1 を介して細胞膜表面上のPD-L1発現が上昇することを明らかにしてきた(Sato et al., Nat Comm., 2017: Permata et al., Oncogene, 2019)。近年我々は、細胞膜表面上のHLA Class I発現についても解析を行い、DNA損傷依存的シグナル伝達を介して細胞膜表面上のHLA Class I発現が高まることを見出した。非常に興味深いことに、DNA損傷後にHLA Class Iによって提示されるペプチドは、タンパク質翻訳の一つの過程であるパイオニアラウンド翻訳に由来していることを見出した(Uchihara et al., Mol Cell, 2022)。本シンポジウムでは、DNA損傷により惹起される免疫制御系リガンドPD-L1およびHLA Class Iの発現調節機構について概説する。また、放射線治療後の患者体内で起きるがん微小環境内の遺伝子発現変動について、シングルセル単位で解析した最新の研究成果も併せて紹介する。そしてこれらの知見を基にどのような老化治療薬が実現可能かを、本シンポジウム内で議論したい。

大谷直子
がん微小環境における細胞老化・SASPの役割とその制御
【目的・方法】近年、がん微小環境におけるがん関連線維芽細胞において細胞老化随伴分泌現象(SASP, senescence-associated secretory phenotype)が生じ、がん進展に関わることが示唆されている。しかし、SASPの誘導メカニズムや制御方法は十分にはわかっていない。そこで、高脂肪食誘導性肝発癌マウスモデルを用いた研究でこれらの点を明らかにすることを目指した。【結果】詳細な解析の結果、高脂肪食摂取により増加したグラム陽性腸内細菌から二次胆汁酸であるデオキシコール酸が産生され、腸肝循環により肝臓に運ばれたデオキシコール酸が、がん微小環境において肝星細胞の細胞老化を誘導することがわかった。また、この高脂肪食誘導性肝がんモデルにおいては、腸管バリアの脆弱化により、グラム陽性細菌の細胞壁成分であるリポタイコ酸(LTA)が肝臓に移行・蓄積し、TLR2を介する経路によりSASP因子やシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)の発現を上昇させていることがわかった。その結果過剰産生されるアラキドン酸のCOX経路の代謝物、PGE2が抗腫瘍免疫を抑制し、肝がんの進展に寄与する。さらに最近私たちは、肝臓に蓄積したLTAが、TLR2依存性にガスダーミンDの切断体を形成させ、そのN末端断片により形成された肝星細胞の細胞膜上の小孔からからSASP因子を放出させる機構を見出した。放出されたSASP因子のうち、IL-33はST2陽性の制御性T細胞を活性化し、抗腫瘍免疫を抑制することが明らかになった。さらにガスダーミンDの阻害剤の投与により、肝がんが抑制されることもわかった。【結論】これらの一連の研究により、腸内細菌由来で肝臓に移行したLTAが、様々な自然免疫系の炎症を惹起し、肝がん進展に促進的に作用することが明らかになり、肝がん形成における腸管バリアの重要性が示された。また、SASP因子の放出を抑制するセノモルフィックス作用薬ががん抑制に有効であることも示唆された。

清水逸平
老化促進分子と心血管疾患
老化は一定の制御機構を伴うが、ほぼ同じ時相で全身の臓器が機能低下をきたす分子基盤は未だ不明である。血液中に存在するタンパク質や代謝性物質が「加齢同期」の中心的役割を担い、老化に伴う病的側面を促進している可能性が想定される。メタボローム解析を用いた検討により、心不全や肥満、加齢に伴い機能不全に陥った臓器に由来する代謝物質が血液中で増加することがわかった。加齢や加齢性疾患に伴い血液や臓器で増加する代謝物質のうち、老化形質を促進する代謝物質が存在することも明らかとなり、これらを「老化促進代謝物質」と位置づけ「加齢同期」の中心的基盤を形成するという仮説のもと、その制御メカニズムと病的意義の解明に挑むこととした。加齢性疾患の一つである心不全に着目し検討を行なった。重症心不全の予後は依然として不良であり、新たな治療標的や治療コンセプトの創出が急務である。心不全モデルマウスの、褐色脂肪をはじめとする主要代謝臓器や血液サンプルを用いてメタボローム解析を行なった結果、酸化型コリンが心不全及び老化モデルマウスの血液中で上昇することがわかった。酸化型コリンによりミトコンドリア不全が生じ、心不全やサルコペニアの病態が増悪することが強く示唆されている。肥満モデルの血液中で線維化促進分子が増加し、非アルコール性脂肪性肝炎モデルマウスの肝臓の線維化を促進することもわかった。本分子は加齢と共に上昇するため「老化促進タンパク質」という概念で捉え、収縮能が保たれた心不全(HFpEF)の病態に関与するか現在検討を重ねている。本発表の機会を通して加齢同期、老化促進分子について考えてみたいと思う。

楠本大
機械学習を用いた細胞評価による抗老化薬探索
機械学習を技術基盤とした人工知能の発展により、医学生物学分野においても活用が急激に進んでいる。特に、画像解析における精度は非常に高いことから、細胞の形態的変化などを客観的に解析することができるようになった。細胞は、種類やその状態に応じて細胞形態が変化することが知られている。従来、細胞の種類や状態は、分子生物学的マーカーにより定義されることが多かったが、我々は機械学習の画像解析技術を用いることで細胞の形態的変化を抽出し、細胞形態をマーカーとして活用可能であると考えた。例えば、新規の創薬開発を行いたいと考えたときに、対象となる病的状態をどのように評価するか考える必要がある。細胞老化をターゲットとした場合には、老化マーカーであるP16や老化関連酸性β-ガラクトシダーゼなどが指標として用いられることが多い。しかし単一の指標での老化評価には困難な部分や課題も多い。我々は、培養血管内皮細胞にストレス負荷を行い細胞老化誘導し、畳み込みニューラルネットワークを用いて健康細胞と老化細胞を形態学的に分類するモデルの学習を行なった。学習済みモデルの出力結果から、細胞老化の病的遷移状態に関して連続的定量評価を行う老化スコアの開発を行い、システム開発 (Deep-SeSMo)に成功した。実際に、Deep-SeSMoにより算出された老化スコアを用いることで、加齢関連疾患などの根本的な原因とも言われている血管老化に着目し、老化抑制薬の探索を実行しその候補化合物の同定を行った。また、遺伝性難病や、病的血管などの様々な表現系に着目した開発を行っている。さらに、幹細胞分化の解析を通じて再生医療などへの応用も目指している。本講演においては、現在我々がどのようなアプローチで機械学習を活用し、創薬開発や疾患研究に活かしているか概説を行いたい。

清水孝彦
骨細胞老化における統合的ストレス応答の寄与
 骨組織は、骨格を支持する役割に加えて、造血やカルシウムの貯蔵庫、さらに骨由来ホルモンの産生を担う動的な組織であり、加齢とともに緩やかに減少する。活動量低下に伴う機械的刺激低下や、それを感知する骨細胞の機能低下が要因とも考えられている。骨基質に埋没している骨細胞は骨細管を伸ばし周囲の細胞と情報伝達を行うとともに、SclerostinやRANKLに代表される骨制御因子の分泌細胞でもある。また興味深い事に、骨細胞は細胞寿命が1〜50年と他の骨関連細胞よりも非常に長く、加齢ストレスの標的細胞となり、細胞の配向や、骨細管数および形態が加齢変化する。そのため組織の老化研究に適した臓器の一つと言える。
 これまでにミトコンドリア機能低下や活性酸素制御不全がどのように組織の老化プロセスに関わるか、ミトコンドリア抗酸化酵素SOD2を臓器特異的に欠損させたマウスを用いて解析してきた。各組織のミトコンドリアレッドクス制御破綻は、顕著なミトコンドリア機能不全を惹起し、様々な臓器老化を呈すことを実証してきた。特に、骨細胞特異的Sod2欠損マウスは、骨細胞のミトコンドリア機能不全により骨細胞機能が異常となり、Sclerostinの産生亢進に伴う骨量減少を示した。本マウス骨は、老齢骨と酷似しており、骨皮質の顕著な萎縮に加え、骨細胞の配向異常や骨細管数減少を示した。さらに最近、骨細胞の形態変化に加え、細胞核の肥大や変形が認められることを欠損マウス骨と老齢マウス骨で発見した。この変化は、いずれも主要な核ラミナタンパク質Lamin A/CおよびLamin Bの発現低下を伴っていた。骨細胞株にミトコンドリア機能低下薬を添加しても、核ラミナ構造変化とSclerostinの発現亢進を再現した。さらに、統合的ストレス応答軸の活性化とストレス応答転写因子の核集積を発見した。以上の結果は、骨細胞でのミトコンドリア機能低下は、統合的ストレス応答軸の過剰活性化を介して、核ラミナ構造を変化させ、最終的に骨制御因子の制御不全による骨代謝バランス破綻で骨量減少を示すことが強く示唆された。

真鍋一郎
心臓とマクロファージ
マクロファージは多彩な機能を発揮して炎症を進めるだけでなく、組織の恒常性維持にも必須の役割を果たしている。また、組織の中だけでなく、多臓器間の連携でも主要なエフェクターとして機能する。最近のシングルセル解析技術の進歩は、マクロファージに従来考えられていた以上の多様性があることを明らかにしつつある。多様なマクロファージがどのように心脈管系の恒常性を維持しているのか、また心不全を始めとする心脈管系の病態に寄与するか、また加齢と共にどのように変化し、心臓恒常性を変調させるかについて報告したい。

鈴木拓児
肺の恒常性維持とマクロファージ
 最前線で生体防御機能を担うマクロファージについて、その起源や役割について様々な研究が進められてきている。近年の研究から肺胞マクロファージを始めとした組織マクロファージは、胎生期の卵黄嚢や胎児肝単球由来を起源とする前駆細胞から由来することが明らかになってきた。組織マクロファージは各々特異的な働きをすることで臓器の恒常性を維持する役割も知られてきている。一方で血液中の単球は各臓器に遊走し単球由来マクロファージに分化して様々な病態に関与する。
 肺の組織マクロファージである肺胞マクロファージは、GM-CSFシグナル依存的な仕組みでサーファクタントを処理するという呼吸機能に必須な恒常性維持に重要な働きをしている。抗GM-CSF自己抗体やGM-CSF受容体遺伝子異常などによるシグナルの破綻によって生じる肺胞マクロファージの機能不全は、肺胞腔内にサーファクタントが貯留し呼吸不全を引き起こしうる疾患・肺胞蛋白症を呈する。一方で単球由来マクロファージは多様性と可塑性を発揮し、シングルセルレベルでの解析からは感染症・炎症・癌や線維化をはじめ多くの疾患に関与することが明らかになってきた。本講演では肺の恒常性機構機構ならびに呼吸器疾患病態におけるマクロファージの多彩な役割について紹介し、同細胞を標的とした疾患制御の可能性についてもふれたい。

津田誠
痛みの慢性化と中枢神経系マクロファージ
痛みは,有害な刺激から身を守るために必要な感覚であり,生体防御システムの一翼を担う。一方,身体や精神的要因によって痛みは大きく変化し,末梢への刺激にまったく見合わない場合が多々ある。例として,がんや糖尿病,帯状疱疹治癒後など,神経障害を伴う多くの疾患では,通常よりも痛みが強まり(痛覚過敏),触刺激でも痛みが生じてしまう(アロディニア)。この刺激に相応しない痛みの原因として,一次求心性神経での末梢性感作,および脊髄と脳での中枢性感作が有力視されている。我々は,その感作機構に中枢神経系常在性マクロファージであるミクログリアが重要な役割を担うことを明らかにしてきた。脊髄では,神経損傷後早期に応答したミクログリアがさまざまな液性因子(炎症性サイトカインやケモカイン,神経栄養因子など)を産生放出し,それらが痛覚伝達神経に作用することで感作が生じる。このプロセスは慢性疼痛の発症に重要な役割を担う。さらに最近我々は,神経損傷モデルマウスの脊髄で活性化したミクログリアの一部が変化して,異なる遺伝子発現パターンを有するサブセットとなり,それが痛みの回復に必要であることを明らかにした。すなわち,神経損傷による慢性疼痛の発症と回復という各ステージにおいてミクログリアの役割は同じではなく,ミクログリアは状況に応じて細胞機能をダイナミックに変化させ,生体の恒常性維持に寄与している可能性が考えられる。

七田崇
脳梗塞とマクロファージ
脳梗塞は、脳血管の高度狭窄や閉塞に伴って脳血流が減少し、脳組織の虚血壊死に陥る病態である。大量の脳細胞死に伴って著明な炎症と免疫細胞浸潤が観察される。炎症の主体は好中球とマクロファージが担うが、炎症を促進して脳梗塞の機能予後を悪化させる好中球に対し、マクロファージには炎症や組織修復を担う細胞集団が含まれる。マクロファージは、脳梗塞発症後数日間は主に炎症を引き起こすが、発症1週間程度で炎症を収束させる細胞集団が主となり、脳組織の修復をもたらす遺伝子発現パターンが観察される。このほか、脳内には常在性マクロファージであるミクログリアも存在しており、脳梗塞後の顕著な免疫細胞浸潤に伴い、脳由来ミクログリアと血液由来マクロファージを区別することが難しくなる。しかしミクログリアは脳梗塞発症後、迅速に炎症を惹起するものの、発症数日程度で神経修復に関わる遺伝子発現パターンを有するようになり、長期にわたって脳梗塞後の機能回復に寄与することが明らかになりつつある。
このように脳梗塞後のマクロファージ・ミクログリアは、脳組織の虚血壊死に伴う炎症だけでなく、その後の神経修復の機転にも寄与することから、脳内にはこれらの免疫細胞の役割を炎症から修復へと変化させるメカニズムが備わっていると考えられる。このような脳に備わった自然な修復機転を明らかにすることで、脳損傷後の機能回復を持続・増強させる治療戦略を打ち出すことが可能になる。

吉村典子
骨粗鬆症、サルコペニア、フレイルとロコモ:The ROAD Study
要介護の原因の3位である高齢による衰弱の前段階として、フレイルという概念が社会に浸透しつつある。フレイルの身体的要素の主体をなす病態は、筋力筋量の低下を含む疾患概念であるサルコペニア(Sarcopenia, SP)である。要介護の原因の4位である骨折・転倒の原因疾患に骨粗鬆症(Osteoporosis, OP)がある。したがって、介護予防のためには、SPやOPなど運動器疾患の予防が極めて重要であることがわかる。そこで日本整形外科学会は移動機能の低下をきたし、進行すると介護が必要になるリスクが高い状態をロコモティブシンドローム(ロコモ)と定義し、要介護予防の立場から疾患横断的に運動器障害をとらえ、その予防対策に乗り出している。一方運動器疾患は合併が多いことがよく知られているが、これらの合併や相互関係についてはまだエビデンスが十分とは言えない。
 我々は、わが国の運動器障害とそれによる運動障害、要介護予防のために、運動器疾患の基本的疫学指標を明らかにし、その危険因子を同定することを主たる目的として、2005年より大規模住民コホートResearch on Osteoarthritis /osteoporosis Against Disability (ROAD) スタディを開始し、3、7、10、13年後の追跡調査を完了し、現在17年目の追跡調査を実施している。
 本シンポジウムではROADスタディのデータ解析結果を用いてフレイル・SP、OPの疫学指標とそれらの関連について報告するとともに、これらとロコモとの関連についても報告する。

宮本健史
性ホルモンと骨粗鬆症
骨粗鬆症は骨強度が低下し脆弱性骨折のリスクが高まった状態と定義され、主として骨密度と脆弱性骨折の有無により診断される。骨密度は加齢に伴い低下し、特に女性においては閉経後に急激に低下することから、女性ホルモンであるエストロゲンは骨密度維持に必須の役割を担うことは一般にもよく知られている。閉経後の女性にエストロゲンの投与を行うと、骨密度低下は抑制され、骨密度が維持されることは臨床試験でも示されたが、エストロゲンの長期投与は乳がんや子宮体癌、血栓症のリスクを上昇させるため、閉経後骨粗鬆症の治療はエストロゲン以外の薬剤投与によることになる。同様に、男性においても、前立腺癌のホルモン抑制療法によっては骨粗鬆症を発症することが知られており、男性においても性ホルモンが骨密度維持に重要であることは明らかである。性ホルモンによる骨密度維持機構には諸説あるが、我々は転写因子であるhypoxia inducible factor 1 alpha (HIF1α)が骨吸収を担う破骨細胞に発現し、閉経前のエストロゲン充足状態ではエストロゲンによりHIF1αが抑制されること、閉経によるエストロゲン欠乏により、このHIF1αの抑制が解除され、HIF1αの活性化から破骨細胞の骨吸収が活性化され、骨量減少から骨粗鬆症に至るメカニズムを明らかにした。同様に男性ホルモンであるテストステロンも破骨細胞のHIF1αを抑制することを見出している。つまり、男女とも性ホルモン欠乏性の骨粗鬆症においては破骨細胞のHIF1αが治療標的と言える。実際、破骨細胞のHIF1αを抑制する薬剤の投与によっては性ホルモン欠乏性骨粗鬆症モデル動物における骨密度低下を、オス・メスとも完全にブロックできることを明らかにしている。本シンポジウムにおいては、これら性ホルモンと骨粗鬆症の関連について考察したい。

堀井千彬
骨粗鬆症性脊椎椎体骨折の疫学
【背景と目的】脊椎椎体骨折(VF)は骨粗鬆症性骨折の中で最多であり、日常生活動作や生活の質(QOL)に影響するのみならず、高い死亡率とも関連する。高齢者のQOLと生命予後を改善するためには、VFを予防することが喫緊の課題である。予防のための第1歩は、その疫学指標(有病率、発生率)を知ることであるが、わが国におけるVFの疫学指標の報告は少ない。我々は運動器疾患をターゲットとした大規模住民コホートResearch on Osteoarthritis/osteoporosis Against Disability (ROAD)スタディを2005年に立ち上げ、縦断的に調査を行ってきた。ROADスタディからVFの疫学調査結果を報告する。
【方法】①ROADスタディ第3回調査(2012-13年実施)に参加した1,544人(男性506人、女性1,038人、平均年齢65.6歳)を対象とし、有病率・関連因子を推定した。②第3回調査(ベースライン)と、3年後の第4回調査(2015-16年実施、フォローアップ)の両方に参加した40歳以上の1,190人(男性384人、女性806人、平均年齢64.6歳)を対象とし、累積発生率・リスク因子を推定した。VFの診断にはGenantの半定量法(SQ)を用い、SQ≧1をVF、SQ=1をmild VF (mVF)、SQ≧2をsevere VF (sVF)とした。
【結果】①VFの有病率は21.3%であり、男性に有意に多かった(男性25.9%, 女性19.1%, p=0.002)。mVFの有病率は13.7%(男性21.2%, 女性10.0%, p<0.001)と男性に有意に多い一方、sVFの有病率は7.6%(男性4.7%, 女性9.1%, p<0.01)と女性に有意に多かった。多項ロジスティック回帰分析を行った結果、sVFと腰痛および歩行能力低下との間には有意な関連があり、mVFと腰痛・歩行能力低下とにはいずれも有意な関連がなかった。②発生率はVFが5.9%/year(男性7.6%/year、女性5.2%/year、p=0.003)、sVFが1.7%/year(男性1.0%/year、女性2.0%/year、p=0.04)であった。多変量ロジスティック回帰分析の結果、sVF発生の独立したリスク因子は高齢・大腿骨頚部の低骨密度・ベースラインにおけるmVFの存在であった。
【結論】大規模住民コホートROADからVFの疫学指標を報告した。

斉木臣二
パーキンソン病における臓器連関 -腸内細菌叢変化を中心に-
パーキンソン病はアルツハイマー型認知症に次いで2番目に多い神経変性疾患で、運動症状(振戦、筋固縮、無動)および非運動症状(抑うつ、嗅覚低下、REM睡眠行動障害、起立性調節障害、便秘など)を呈するなど全身に及ぶ障害を特徴とする。levodopaを中心とした対症療法が確立されているものの、現時点では疾患の進行を抑制したり、発症を予防する根本的治療法は未確立である。病態に深く関与するとされるalpha-synucleinは皮膚、唾液腺、心臓、虫垂など全身臓器に蓄積するため、神経系、体液成分の両者を介して個体内に広がると想定されているが、詳細なメカニズムは不明である。
発表者は、パーキンソン病患者の血液バイオマーカーの探索を通し、本疾患の全身性の変化についての検討を進めている。オミックス解析技術を用いて、これまでに臓器連関の候補として、自律神経-甲状腺-肝臓などを特定すると同時に、個体の加齢を反映すると考えられるバイオマーカーなどを特定している。本発表では、これらの独自研究成果をまとめると共に、比較的治療介入の可能性の高い腸内細菌叢変化に焦点を当てながら、神経変性疾患における臓器連関を概観する。

入江潤一郎
腸内細菌代謝産物と加齢関連疾患
腸管内に共生する細菌が、宿主の臓器機能に様々な影響を与えていることが近年明らかになり、肥満症や2型糖尿病、高血圧症など、加齢に伴い生じる疾患における腸内細菌叢の意義、特に代謝産物が注目を集めている。
短鎖脂肪酸は腸内細菌によって多糖から作られる代表的な代謝産物であるが、宿主の腸管内分泌細胞からのインクレチン分泌を促進し、また交感神経系を介しエネルギー消費を増加し、さらに脂肪細胞に作用することで、肥満症と糖尿病発症を抑制することが明らかされた。そこで、食物由来の繊維のみならず、腸内細菌によって資化され短鎖脂肪酸産生をより誘導する新たな多糖が、肥満症や糖尿病に与える影響についてモデル動物や患者で検討されている。また経口摂取する二糖類が腸管へ与える影響についても、ショ糖と麦芽糖は腸内細菌と腸管免疫系に与える影響が異なるため、ショ糖で脂肪吸収が促進され肥満症を増悪することが見いだされた。
アミノ酸代謝においては、トリプトファンはインドール類に腸内細菌により腸管内で代謝されるが、これらも芳香族炭化水素受容体を介して腸管免疫とインクレチン分泌に影響を与え、肥満症を抑制することが示された。またトリプトファンから合成されるニコチンアミドについても、腸内細菌が腸管内での代謝を介して、腸管細胞のNAD量の維持に寄与していることが明らかになった。様々な臓器のNAD量は加齢とともに低下することが知られており、腸管上皮においてもNAD量低下がインクレチン産生を低下させ、耐糖能を悪化させる事が報告されている。
個人が有する腸内細菌叢も加齢とともに変化し、腸管バリア機能の低下が生じることも示されている。一方、超百寿者は特徴的な腸内細菌と胆汁酸代謝を有しており、そのため感染症に抵抗性を示すことが指摘されている。
このように腸内細菌が存在する腸管内腔は、様々な物質の代謝を担い、臓器連関の要となる一臓器と考えることが可能であり、これを応用した食事や薬物による加齢関連疾患の予防・治療が期待される。

山下智也
腸から動脈硬化を予防する
ヒトの腸には、腸内細菌叢が形成されており、それらが臓器連関の一臓器のように働くことで様々な宿主生体機能に関与し、恒常性維持に重要な役割を担っていることがわかってきた。近年の研究にて、腸内細菌叢は宿主の遺伝的背景や生活習慣と関連して形成され、免疫・代謝を中心に生体機能に大きな影響を及ぼすのみならず、生活習慣病を初めとする様々な疾患の発症と関係することが示されている。また、それら生活習慣病が原因で発症する心血管疾患に関しても、腸内細菌が発症に関係する可能性を示す報告が増えてきており、治療標的としても注目されている。
循環器領域で、最も調査されているのは、コリンとL-カルニチンの腸内細菌関連代謝産物であるトリメチルアミンNオキシド(TMAO)である。この血中濃度が高い人は、心血管イベントの発生が多いことが報告され、超高齢社会で増加する心不全でもTMAOの上昇が、予後予測マーカーになることが示されており、これを循環器疾患の治療標的としての可能性が探索されている。
我々は、臨床研究にて、生活習慣病患者や正常者に比較して冠動脈疾患発症患者では、ラクトバシルス目菌の増加ならびにバクテロイデテス門菌の減少が認められることを示した。その中で、冠動脈疾患患者で有意に減少しているBacteroides vulgatusとBacteroides doreiという2菌種を見出した。このバクテロイデス2菌種を動脈硬化モデルマウスに経口投与すると、血中・糞便中のグラム陰性桿菌の毒素リポポリサッカライド(LPS)の活性が低下し、抗炎症作用を示すとともに動脈硬化が抑制できた。ヒトでも、この2菌種の存在比率が高いと、糞便中LPS活性が低いことがわかった。本バクテロイデス2菌種に注目した腸内細菌への介入治療の可能性を探索しており、紹介したい。

山本さゆり
胃腸と Anti-Aging -何を食べてどう暮らし、どう腸活したらいいのか-
近年では、機能性消化管障害(Functional gastrointestinal disorders: FGIDs)は脳腸相関の障害(Disorder of Gut Brain Interaction=DGBI)と呼ばれるようになり、腸と脳は胃腸症状のみならず様々な障害と深く関連していると言われてきている。RomeⅣでは症状によるカテゴリー診断により、大きく食道障害、胃十二指腸障害、腸障害に分類される。研究室では、日本人の便秘型過敏性腸症候群(IBS-C)と機能性便秘症(FC)の特徴の相違 1)や、便秘症患者の生活習慣と睡眠の特徴 2)について報告してきた。本シンポジウムではDGBIのなかでも腸症状にフォーカスをあて、これらの研究から得られた知見と、愛知医科大学における過敏性腸症候群(IBS)外来での治療実態も含め、FODMAP食の現状と評価、さらに腸内細菌と過敏性腸症候群との関連、百寿といわれる人における腸内細菌の特徴などを踏まえ、何を食べてどう生きることが抗加齢につながるかを考察したい。
1)Kawamura, Y., et al., Internet survey on the actual situation of constipation in the Japanese population under 70 years old: J Gastroenterol, 2020. 55(1): p. 27-38.
2)Yamamoto, S., et al., Internet Survey of Japanese Patients With Chronic Constipation: Focus on Correlations Between Sleep Quality, Symptom Severity, and Quality of Life. J Neurogastroenterol Motil, 2021. 27(4): p. 602-611.

吉田雅幸
血菅不全が影響する疾患 脳心血管疾患からがんまで
Longevity is a vascular question, man is only as old as his arteries”「ひとは血管とともに老いる」と 19 世紀の著名な病理学者 W. オスラーが看破したように、血管機能と老化現象は密接に関連していることは以前より知られている。
脳心血管疾患の基盤病態である動脈硬化症は代表的な血管不全の一つである。一方、がんは加齢とともに増加することは知られているが、がん組織の成長には新たな血管新生が不可欠であり、従って血管不全状態ががん病変の進展・抑制に大きく関与している。
昨年 Science 誌に発表された論文では、加齢に伴う血管機能低下は VEGF シグナル減弱による血管供給低下だと考え、sFlt1 の過剰発現が種々の臓器による老化を促進することを示した。このことは、血管の老化が個体全体の老化のドライバーであることを示し、前述のオスラーの名言を文字通り証明したことになる。
本講演では、臓器不全としての血管不全病態と脳心血管疾患およびがんとの関連にも着目しつつ、最新の知見を紹介したい。

渡部徹郎
健康寿命延伸におけるリンパ管制御の意義
血管は末梢組織において血液中の酸素と二酸化炭素、そして栄養分と老廃物の物質交換を行い、生体の恒常性を維持しているが、血管から漏れ出た組織液(リンパ)はリンパ管を介して血管へ還流されることで閉鎖循環系が維持されており、リンパ管の機能不全はリンパ浮腫や老化の原因となる。緑内障は、我が国における失明原因の第1位を占めているが、眼球の中を満たす房水を排出するシュレム管の硬化による眼圧の上昇により発症する。近年シュレム管がリンパ管と似た性質を有していることが明らかになり、さらに老化マウスにおいてはシュレム管内皮細胞が内皮間葉移行を起こすことにより硬化しており、これが緑内障の発症に関与していることが明らかとなった。我々は、リンパ管の機能を低下させるシグナルとしてトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)に注目して研究を進めている。眼におけるTGF-βの発現量は加齢とともに上昇することが報告されているが、TGF-βはリンパ管内皮細胞において内皮間葉移行を誘導することを我々は見出した。内皮間葉移行が誘導されたリンパ管はそのバリア機能が低下し、房水を汲み出す能力が低下することが示唆された。我々はTGF-βシグナルの阻害剤がリンパ管内皮細胞の内皮間葉移行を抑制することを明らかにしており、この老化促進シグナルを制御することで健康長寿の実現を果たす可能性が示唆された。我々を含む多くのグループの研究により、リンパ管のみならず血管もTGF-βなどの因子により内皮間葉移行を起こして、その性質を失い線維芽細胞などに分化転換することが明らかとなっている。このTGF-βによる内皮間葉移行はがんの進展や老化に伴って起こることがわかりつつあるため、がんや動脈硬化などの老化に伴って発症する疾患の治療の標的としてTGF-βシグナルが注目を集めている。今後、TGF-βシグナルを抑制できる化合物・生薬・エキスなどの開発が期待される。

桜田真己
心不全治療におけるサプリメントと漢方の知恵
食生活の変化や高齢化により、心不全患者数が増加しているのみでなく、収縮力の保たれた心不全HFpEFの割合も増加している。HFpEFの患者の背景には高血圧・糖尿病・CKD・心不全・貧血などの全身性疾患があり、心筋の拡張能低下や冠動脈微小血管の内皮障害など病態も多彩である。利尿薬による前負荷軽減が患者の治療において重要であるが、血管内脱水や低K血症などを引き起こすこともあり、むやみに使用量を増やせない。最近は経口糖尿病薬であるSGLT2
阻害薬が尿中に糖を排泄するため浸透圧利尿効果があり、腎保護作用や心保護作用もあるためHFpEFに対する有効性が期待されているが、ガイドライン上では使用が推奨される薬剤はないのが現状である。新薬を駆使しても治療に難渋し、心不全増悪のために再入院を繰り返す症例も少なくない。そのような症例でも漢方薬が著効する場合がある。漢方薬の中では利水効果のある五苓散、木防已湯、牛車腎気丸などが心不全において推奨されており、強力な利尿剤であるトルバプタンに効果がないノンレスポンダーに五苓散が著効する場合もある。心不全の再燃予防にはフレイル・サルコペニア対策も重要である。食思不振・腸管浮腫からの低栄養の改善のために補中益気湯、人参養栄湯、真武湯なども用いられる。当院では、血管の内皮障害・NO産生低下・活性酸素種の増大を抑えるために還元型CoQ10、アスタキサンチン、シトルリンなどのサプリメントも投与し、ガイドラインではコントロール出来ない患者の治療を行っている。コロナが流行してから、下肢筋力の低下が顕著になっているため、心不全を治療できても転倒骨折して介護施設にお世話になることが無いように全身のケアが必要である。

山岸昌一
糖化ストレスが及ぼす悪影響 食生活習慣指導と新しい治療戦略
加齢に伴い生体内蛋白は一様に非酵素的な糖化を受け、臓器障害性の強い終末糖化産物(advanced glycation end products、以下 AGE)と呼ばれる老化蛋白を形成するに至る。AGEの生成、蓄積は、加齢のみならず、酸化ストレスや慢性炎症、虚血、高血糖下でも亢進することが知られており、各種老年病の発症、進展プロセスに深く関わることが明らかにされてきた。事実、AGE化した蛋白はその構造が変化し、機能が劣化するだけではなく、細胞表面に存在するAGE受容体RAGE(receptor for AGE)によって認識され、酸化ストレスや炎症反応を惹起して心血管合併症や骨粗鬆症、アルツハイマー病、癌など広範な老年病をひきおこす。さらに、食事に由来するAGEが腸内細菌叢を撹乱したり、生体内に取り込まれたりして、臓器障害を押し進め、健康寿命を損失させることも報告されてきている。本講演では、多岐にわたる老年病に及ぼすAGE-RAGE系の役割について述べるとともに、AGE-RAGE系を標的とした食生活習慣指導や新しい医薬品についても言及していく。

松井孝憲
AGEsを標的とした抗加齢医療
近年、生活習慣の欧米化や高齢化に伴い、糖尿病やメタボリックシンドローム、肥満の患者が著しく増加している。これらの代謝異常を抱えた患者では老化のスピードが加速し、健康寿命が著しく損なわれることもわかってきた。我々は、これまでに、加齢・肥満・糖尿病に伴って、生体内で促進的に形成される終末糖化産物(Advanced glycation end products;AGEs)が、細胞表面受容体であるRAGEを介して認識され、酸化ストレスや炎症反応を惹起し、RAGE自身の発現を増悪した結果、糖尿病細小血管症や動脈硬化症、インスリン抵抗性、肥満、骨粗鬆症、癌の増殖・転移といった様々な老年疾患に関わることを見出してきた。以上の事実は、AGE-RAGE系の抑制が、アンチエイジングの有用な治療手段となりうることを示唆している。我々は、AGEs-RAGE系を抑制しうるファイトケミカルとして、ブロッコリー等に含まれるスルフォラファン、玉ねぎ等に含まれるケルセチンに着目し、AGEs形成阻害効果とin vitro及びin vivoにおけるAGE-RAGE系に対する抑制作用を検証した。その結果、スルフォラファン及びケルセチンは、1)試験管内でAGEsの形成を相乗的に抑制し、2)RAGEのリガンド認識部位に結合することでAGEsとRAGEの結合を阻害し、3)血管内皮細胞においてAGEs-RAGEを介した酸化ストレスの産生とRAGEと炎症性遺伝子の発現を抑えた。さらにスルフォラファンは4)血管周皮細胞においてAGEs-RAGEを介した酸化ストレス産生、RAGEと炎症性遺伝子の発現を抑制し、5)AGEsを腹腔内に投与したラット血管においてRAGEとICAM-1、VCAM-1の遺伝子発現の誘導を抑えることが明らかにされた。以上のことから、スルフォラファンとケルセチンには抗AGE-RAGE作用による老年疾患に対する効果が期待される。

満尾正
キレーション治療:動脈硬化治療 70年の歴史
キレーション治療とは、金属と錯体を形成するキレート剤を用いて金属を体外へ排泄させる治療方法の総称である。キレート剤の一つ、鉛中毒の治療剤として開発されたEDTAが、動脈硬化性血管疾患の治療としても有効であることが知られている。EDTAキレーション治療はNa2EDTAをビタミン、ミネラルとともに繰り返し点滴するものである。その歴史は古く、1950年代には、EDTA投与により虚血性心疾患の症状が改善され、狭心症の治療として有効であること報告された。1970年代にはキレーション治療のプロトコルも作成され、安全で効果的な治療法として開業医を中心に臨床の場で活用されるようになった。その後、EDTAキレーション治療は、動脈硬化性心臓血管疾患に対する非侵襲的治療方法として、米国を中心に世界各国で使用されている。
しかしキレーション治療が、動脈硬化性疾患に有益であるという確固たるエビデンスが無かったこともあり、この治療の評価は長年定まっていなかった。そこで、米国政府は、2003年春より臨床試験、TACT study を開始した。(TACT:trial for assess chelation therapy) 本研究は、二重盲検法により、心筋梗塞既往歴を持つ患者にEDTAキレーション治療を行い、その治療効果についての評価を行なった。この結果は2013年にJAMA誌に掲載され、心筋梗塞予防効果ありという結論が報告された。さらにこの臨床試験では、糖尿病患者の心筋梗塞再発予防効果が顕著に見られたことが注目され、2017年からはTACT2として、糖尿病患者におけるキレーション治療の効果に特化した臨床研究が行われおりて、その結果は2024年に発表される予定である。
本講演では、EDTAキレーション治療が動脈硬化治療に有効であるメカニズムや、実際の症例の提示を行う予定である。

矢澤一良
ポリフェノールによる健康長寿増進
感染症パンデミックの出現により、ヒトの健康維持・増進や予防医学への関心や認識が深まって来ている。非感染性疾患においても「少子超高齢化時代」における、メタボ・ロコモからさらにフレイル(虚弱)に注目されてきている。近年課題となっている高齢者フレイルは直面する最重要課題ではあるが、栄養学的視点では高齢者に関わらず栄養バランスが劣悪な「オール世代フレイル」の考え方も重要である。これらの疾患の発症予防や発症時期の遅延にポリフェノールの機能性がフォーカスされている。
「機能性表示食品」として登録されている、ポリフェノール類を関与成分とする製品が多数市場に上り、健康寿命延伸と平均寿命に近づける予防医学視点として重要である。

伊賀瀬道也
抗加齢予防医療センター発のサプリメント、健康食品
愛媛大学病院では抗加齢予防医療センターにおける抗加齢ドック(アンチエイジングドック)のデータを用いて健康寿命の延伸に関する臨床研究をおこなっている。近年はドック受診者に対してサプリメントや健康食品などを用いた臨床研究を行っており、今回のシンポジウムでは低分子コラーゲンペプチドの抗糖化作用を中心に紹介したい。
コラーゲンはヒトの身体に約3㎏含まれるタンパク質で、食事としてはコラーゲンが加熱処理されたゼラチンの状態で経口摂取される。ゼラチンが消化酵素で分解されて分子量が約1000程度になったコラーゲンペプチドを一般に低分子コラーゲンペプチド(CP)と呼ぶ。経口摂取されたCPはアミノ酸まで分解されず「ジペプチド」あるいは「トリペプチド」などの形で小腸において吸収され、血液中に移行し長時間循環する。われわれはこれまでにCPには「抗動脈硬化作用」があることを報告してきたが、近年の研究からCPには終末糖化産物(AGEs)を抑制する「抗糖化作用」もあることが明らかになってきた。
AGEsは人体の構成要素であるタンパク質とエネルギー源である糖が反応することで生成されるアマドリ化合物から最終的に生成される物質の総称であり、これが蓄積するとタンパク質が変性、劣化し動脈硬化を進展させる。具体的にはAGEsの蓄積は循環器疾患をはじめ、アルツハイマー病(および軽度認知障害)、骨粗鬆症、白内障、糖尿病性合併症などに強く関連しているとの報告がある。AGEsは体内での合成に加えて、外因性に摂取する多くの食品中にも含まれている。摂取したAGEsの約7%が体内に蓄積することも明らかになってきたため、食事の調理法、摂取方法などにも注意が必要である。一方で一部のサプリメント、食品の中にはAGEsを分解する抗糖化成分もあることがわかってきた。
われわれの研究からCPにも抗糖化作用がある可能性があることがわかってきており、CPをサプリメントとして摂取することで抗糖化作用を介した動脈硬化性疾患の予防効果があるのではないかと考えている。

植木浩二郎
GLP-1/GIP receptor dual agonist
インクレチンは、栄養素に反応して小腸から分泌され、グルコース依存性インスリン分泌を増大させる作用がある。分泌されたインクレチンは、DPP4 (dipeptidyl peptidase 4)によってごく短時間で不活性化される。インクレチンには、GIP (gastric inhibitory peptide)とGLP-1 (glucagon like peptide-1)が存在する。GLP-1には食欲抑制作用や胃排泄遅延作用等を介した体重減作用があり、またメカニズムは必ずしも明らかではないものの、心血管保護作用や腎保護作用がある糊塗が示されている。一方、GIPには体重増加作用があると考えられており、また糖尿病状態では膵β細胞におけるGIPのインスリン分泌増大作用は減弱していると考えられている。インクレチン関連薬には、これまでDPP4阻害薬とGLP-1受容体作動薬があり、前者は生理的濃度範囲でのGIPやGLP-1の濃度を上昇させるのに対して、後者は薬理学的なGLP-1濃度を達成することで強力な血糖降下作用と体重減少作用を得ることができる。GLP-1受容体作動薬には、現在1日1回注射製剤、1日2回注射製剤、週1回注射製剤、および1日1回の経口薬が存在する。また、週1回の注射製剤であるセマグルチドは、我が国においても高容量が抗肥満薬として認可され、我が国の臨床試験でも10kg程度の体重減少を認めている。一方、GIPについては、薬理学的濃度を達成すると体重減少が起きることが動物実験でも認められており、各社でGIP/GLP-1 dual receptor agonistの開発がされていた。その中でリリー社が開発したチルゼパチドは、肥満糖尿病患者において我が国でも海外においても、高用量ではHbA1cが2%以上も低下し、体重も10kg以上の低下が認められており、和賀ににおいて上市された。心血管合併症や腎機能に対する効果は、今後検討されていくが、肥満糖尿病患者の新たな治療法として期待される。一方、高齢者に対しては高容量では過度の体重減少も懸念され、適正な用量設定や既存のGLP-1受容体他作動薬との使い分けを検討していく必要があると考えられる。

佐野元昭
心腎貧血鉄欠乏症候群とSGLT2阻害薬
心不全、腎機能障害、貧血、鉄欠乏が互いに影響しあい、悪循環を形成していることから、心腎貧血・鉄欠乏症候群という概念が提唱された。糖尿病の存在は、この悪循環をさらに増幅させる。腎臓の近位尿細管上皮細胞にほぼ選択的に発現しているナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)を阻害すると、尿中へのグルコース排泄量を増やして糖尿病の高血糖を是正するだけでなく、心腎貧血鉄欠乏症候群の悪循環を断ち切ることができる。本講演では、心腎貧血鉄欠乏症候群の病態をSGLT2がどのように修飾しているのかを解説する。

桑原宏一郎
心不全・高血圧診療におけるARNIの意義
心不全をはじめとする循環器疾患においてはレニン―アンジオテンシンーアルドステロン系(RAAS)や交感神経系(SNS)の活性化が起こる。一方でこれら心不全・循環器病態促進に関与する神経体液性因子に拮抗する作用を有する液性因子の活性化もおこることが知られている。これら”心血管保護“的な因子として代表的なものが、ナトリウム利尿作用、利尿作用、血管拡張作用を有するナトリウム利尿ペプチドである。心不全では不全心から心房性及び脳性ナトリウム利尿ペプチド(ANPおよびBNP)の生合成、分泌が亢進し、その血中濃度は病勢や予後と相関する。しかし心不全の発症・進行過程ではこれら因子の保護的作用が相対的に不足し、RAASやSNSなどの病的経路の活性化がそれを凌駕すると考えられる。したがって、こうした心血管保護作用が期待できる経路を増強する治療がRAASやSNS阻害の次なるアプローチとして期待されてきた。そうした中でナトリウム利尿ペプチドの分解酵素であるネプリライシンの単独阻害とアンジオテンシン受容体阻害の組み合わせよるアンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬であるサクビトリルバルサルタン (ARNI)が開発され、心不全に対する新たな治療薬としてその有用性が臨床試験により示された。またその降圧利尿作用から本邦では降圧薬としても適応が拡大されており、その心不全、循環器疾患予防効果にも期待が持たれる。本講演ではARNIの作用機序とその心不全・高血圧治療における意義を概説したい

田中哲洋
HIF-PH 阻害薬
腎性貧血は慢性腎臓病(CKD)で高頻度に認められる合併症である。患者体内のヘモグロビン(Hb)値に対して十分なエリスロポエチン(EPO)が産生されない本病態に対し、赤血球造血刺激因子製剤(ESA)による治療が広く行われてきた。一方で、ESA治療に低反応性を呈する患者群の存在や、高用量使用時の心血管イベントリスクに対する懸念など、いくつかの検討課題も残されてきた。このような背景をもとに、2019年に新規腎性貧血治療薬として、低酸素誘導因子-プロリン水酸化酵素阻害薬(HIF-PH阻害薬)が臨床応用され、治療選択肢が新たに加わることとなった。ESAと比較した際、内服製剤であること、鉄吸収や鉄利用を促進するメカニズムを内包すること、生理的なEPO血中濃度にて赤血球造血を達せられること、などの特徴を有する。承認前の臨床試験においては、赤血球造血の有効性はESAに対して非劣性であることが報告されており、対象患者の嗜好や背景病態、服薬アドヒアランスなどを総合的に判断して使い分けられ得るものと考えられる。また、製剤の特徴を考慮すると、慢性炎症や低栄養を背景に鉄利用障害を呈する症例に対して有効性が期待される。一方、心血管安全性をはじめ、悪性腫瘍や網膜増殖性疾患、血栓・塞栓症のリスクなどのHIFの活性化によって理論的に懸念される問題点など、長期安全性に関する知見も集積しつつある。今後、本治療に関連する至適患者像の探索や目標Hb値、鉄補充のあり方など、様々な議論が深まることが期待される。

杉本昌隆
呼吸器疾患における老化細胞の病理的役割:セノセラピーモデルの確立へ
 近年のモデル動物を用いた解析から、細胞老化が組織の加齢性変化や慢性疾患病態に関与することが明らかになってきた。老化細胞(細胞老化を起こした細胞)は様々な生理活性物質を分泌することにより周辺環境に影響を与える。このような老化細胞の非細胞自律的作用が、組織の加齢性変化や慢性疾患を促進すると考えられている。これまでに多くの研究グループが生体から老化細胞を排除するシステムを利用し、老化細胞の生理的役割に関する研究を行ってきた。動物モデルにおいて老化細胞の除去(セノリシス)は概ね生体にとって有益な作用を示すことから、老化細胞を標的とする治療法開発が期待されている。
 私たちの研究グループでは以前より、肺組織の老化細胞の病理的役割について解析を行ってきた。遺伝学的な老化細胞除去(セノリシス)システムを用いた解析から、これまでに老化細胞が肺組織の老化に極めて重要な役割を持つことが明らかになっている。現在、私たちの研究グループでは特に肺気腫病態と細胞老化の関連に着目して解析を行っている。肺気腫は世界で常に死因の上位を占める慢性閉塞性肺疾患の主要病態であり、現時点で有効な治療法は確立されていない。これまでの私たちの研究から、遺伝学的もしくはセノリティック薬による老化細胞除去が肺気腫病態の進行を抑制する効果を持つことが示され、老化細胞が有効な治療標的となり得ることが期待される。本シンポジウムでは私たちの研究室で得られたデータを中心に紹介し、老化細胞の病理的作用について議論したい。

石谷太
超速老化魚をモデルとした老化速度制御機構の探索・解明
脊椎動物の老化速度は、種ごと、個体ごとに異なる。例えば、ヒトでは健康な80歳がいる一方で複数の疾患・障害に悩む50歳がいる。また、同じ魚類でも130年生きるジンベエザメがいる一方で数ヶ月しか生きられないターコイズキリフィッシュ(通称キリフィッシュ)もいる。しかしながら、このような種間・個体間の老化速度の違いを規定する因子は未だ不明である。そこで我々は、老化速度が倍異なるキリフィッシュの長命系統と短命系統(それぞれ寿命長が3-4ヶ月と6-8ヶ月)を利用した老化速度制御機構の解析を進めている。具体的には、キリフィッシュ短命・長命系統の比較オミクス解析により老化速度制御因子候補を探索し、それらをキリフィッシュ短命系統で機能改変して健康寿命を延伸させるかを検証する、というアプローチを行っている。本シンポジウムでは、この独自アプローチによって見出した新たな老化速度制御因子をご紹介する。筋肉における細胞老化制御、腸上皮で発現する脂質代謝酵素、肝臓で合成されるアミノ酸代謝物など、局所から全身の老化速度を制御する因子が見つかりつつある。魚類を起点としながらもヒトデータと照合しながら解析を進めることで、ヒトまで保存された老化速度制御の原理の解明や、ヒト健康寿命延伸への介入を可能にする技術シーズ発見を狙っている。

城村由和
変性タンパク質選択的ユビキチンリガーゼLONRF2の欠損は加齢性神経変性を引き起こす
 近年、タンパク質の品質管理・恒常性維持機構、いわゆる『プロテオスタシス』の破綻が個体老化や様々な疾患の原因となっていることが明らかになりつつある。例えば、アルツハイマー病や加齢に伴う神経変性症の一部は、脳内の異常なタンパク質の蓄積が原因であると考えられている。また、個体老化や加齢関連疾患の主要因の一つであることが分かった細胞老化においても、タンパク質の凝集体が非常に多く蓄積していることが明らかになってきている。このように、プロテオスタシス破綻に伴う変性した異常タンパク質の蓄積が個体老化・加齢関連疾患発症の鍵の一つであることは間違いないが、なぜ加齢に伴いプロテオスタシス機能が低下するのかについては不明な点が多い。
 我々は、個体老化・加齢関連疾患発症プロセスに関わるプロテオスタシス制御機構を研究する上で老化細胞は有効な解析システムになりうると考え、老化細胞の安定的な長期培養系を用いた網羅的遺伝子発現解析を行った結果、発現が上昇するプロテオスタシス制御関連遺伝子の一つにユビキチンリガーゼをコードしているLONRF2が含まれていた。興味深いことに、LONRF2は様々な変性タンパク質を選択的にユビキチン化し、分解する機能を有することが明らかになった。さらに一細胞遺伝子解析やノックアウトマウスを用いた解析から、LONRF2は加齢に伴う神経細胞の機能維持に重要な役割を果たすことも分かってきた。本発表では、このLONRF2が老化、特に加齢に伴う神経変性とどのように関わるかについて最新の解析データを中心について議論する。

吉種光
Clock Aging: Molecular basis for age-related functional decline
The circadian clock generates transcriptional rhythms with a cycle of about 24 hours, and makes genes function only at the required time. Therefore, deficiency of the clock gene causes not only sleep disorders (insomnia) but also a variety of symptoms such as hypertension, cardiac diseases, metabolic disorders, cancer, immune depression, depression, cataract, and loss of muscle mass (sarcopenia), and significantly reduces the lifespan. These functional declines due to disruption of the circadian clock resemble the aging-associated symptoms in humans. Here we defined the age-related circadian clock abnormality as “clock aging”, and aimed to show that some of the aging-associated symptoms are caused by the disruption of the functional rhythms derived from the circadian clock. In this study, we prepared a series of mouse tissues from young and aged mice at 6 time points thoughout that day, and performed RNA-Seq analysis, proteome analysis, and phospho-proteome analysis to examine the effect of aging on the circadian rhythms at RNA levels, post-transcriptional modification levels, total protein levels, subcellular localazation levels, and post-translational modification levels. We will discuss the underlying mechanism of the clock aging. Furthermore, we have established new mouse models by mimicking the clock aging state. We will elucidate the mechanisms of aging-associated symptoms as phenotypes in the clock aging mice, and will pursue the molecular mechanisms that cause abnormality in clock output with aging.

土居雅夫
NAD+によるイントラクラインを介した加齢性ドライアイ軽減法
【目的】マイボーム腺機能不全(Meibomian Gland Dysfunction: MGD)は、ドライアイの50%以上を占める主たる原因であり、高齢者に発症する割合の高い典型的な加齢性疾患である。本研究は加齢によるMGDの発症メカニズムの理解と治療法開発への展開を目指した基礎研究を行った。【方式】実験モデルとして老齢マウスを用い、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)要求性のステロイド合成酵素の眼瞼マイボーム腺における機能的役割およびMGD治療への活用可能性を検証した。【結果】一般に、エンドクラインホルモンは内分泌腺で作られ血循環を介して標的臓器へ届けられる。これに対し、イントラクラインホルモンは血流に放出されることなく、合成されたその組織においてその作用を発揮する。本研究では、このイントラクライン機構を眼のマイボーム腺に見つけ、そのホルモン合成酵素の活性様式に基づいた補酵素NAD+前駆体点眼法により、MGDの改善が見込めることを明らかした。マイボーム腺の内因性ステロイド合成活性には顕著な概日リズムがあり、正常な酵素活性リズムを取り戻す時刻特異的な点眼が有効であることも示した。【結論】性ステロイドホルモンの減少は、性別を問わず生殖腺機能の衰える更年期の特徴である。従来の血中を流れるホルモンではなく、眼局所にNAD+の生体前駆体を付与することで標的臓器の局所ホルモン産生機構(イントラクライン機構)を再活性化するという新しい治療法につながる可能性がある。
Sasaki et al., Nat Aging, 2, 105-114, 2022
Hamada et al., Ocul Surf, 26, 268-270, 2022

青井貴之
ヒトiPS細胞由来Leydig細胞の作製
加齢に伴いテストステロンの血中濃度が低下することで生じる加齢性男性性腺機能低下(LOH)症候群が注目されている。テストステロンを分泌するのは主として精巣のLeydig細胞であるが、加齢に伴ってLeydig細胞の数の減少や機能低下が起こることで血中テストステロン濃度が低下することがこの症候群の原因である。
現時点でLOH症候群に対しては、アンドロゲン補充療法 (ART) が行われている。ARTは症状の改善に一定の効果を示すものの、その効果は持続せず定期的な治療を継続しなければならないため患者への負担は大きい。例えば、本邦で保険適応されているARTは注射剤による治療であり、2〜4週間に一回通院しなければならないという点や、筋肉注射による痛みを伴う点において問題があることから、ARTに代わる治療法の開発が望まれている。
そこで我々の研究室では、ヒトiPS細胞を用いてLeydig様細胞を作製し、これをLOH症候群の患者へ移植するという治療法の開発を目指して研究を行なっている。これまでに我々は、ヒトiPS細胞にNR5A1という遺伝子を強制発現させ、この細胞を浮遊培養して胚様体を形成することでLeydig様細胞を作製することに成功し、2021年に海外誌に報告した。その後も分化誘導法の検討を重ねた結果、臨床応用を見据えたレベルまでテストステロン分泌能や細胞の寿命を改善することに成功した。得られた細胞集団はpurificationを行わずに分化誘導効率99%以上を達成しており、均質な細胞を作製することが可能である。さらにこのLeydig様細胞をポリエチレンテレフタラート(PET)製の人工膜に接着させてから免疫不全マウスの皮下に移植したところ、マウスの血清テストステロン濃度の上昇を確認した。
本シンポジウムでは、「テストステロンを増やすための基礎研究」の一例として、我々のiPS細胞を用いた再生医療開発研究について紹介する。

前田清司
有酸素運動とテストステロン
 テストステロンは、筋・骨格形成の促進や男性機能の維持・亢進などに関与する。さらに近年、血中テストステロン濃度の低下が心血管疾患の発症や死亡率に関連することが明らかになり、男性におけるテストステロンの重要性が注目されている。血中テストステロン濃度は加齢により低下することが知られているが、近年の研究では加齢だけでなく肥満によっても血中テストステロン濃度が低下することが示されている。そこで我々は、肥満男性における血中テストステロン濃度と循環機能や運動の関連について検討を進めてきた。
 我々は成人男性を対象とした横断研究において、BMIやウエスト周囲径などの増加にともない血中テストステロン濃度が低下すること、さらに血中テストステロン濃度の低下は血圧や動脈硬化度の増大に関連することを示した。肥満の改善には生活習慣の改善が有効であることはよく知られている。我々は成人肥満男性における生活習慣改善(有酸素運動と食習慣改善の併用)により血中テストステロン濃度が増加すること、さらに血中テストステロン濃度の増加は循環機能の改善に関連する可能性を示した。また、有酸素運動と食習慣改善をそれぞれ単独で実施したところ、血中テストステロン濃度の増加率は食習慣改善に比べて有酸素運動で顕著であることも明らかになった。すなわち、血中テストステロン濃度の増加には、有酸素運動が重要であることが示唆された。
 血中テストステロン濃度の低下は男性の性機能低下や更年期障害にも関連する。我々は運動能力と男性機能や男性更年期障害の関連についても検討を進めてきた。これまでの検討において、持久力や筋力を高く保つことが男性機能障害や更年期障害の予防において重要であること、さらには有酸素運動が男性更年期障害の症状を改善する可能性を明らかにした。
 これらのことから、有酸素運動の実践は、血中テストステロン濃度の増加や男性機能障害・男性更年期障害の予防・改善に有効である可能性が考えられる。

藤田和利
腸内細菌叢とテストステロン
ヒトの腸内細菌叢は、生活習慣などの環境要因の影響を受けて変化し、ヒトの健康に影響を与える。腸管には約10兆から100兆の細菌が存在し、独自のフローラを形成し体内最大の細菌叢である。直接腸管とは関係のないアルツハイマー病や前立腺癌などの疾患も腸内細菌叢が影響を及ぼしているこをが明らかになってきた。一部の細菌は腸内でのテストステロンの脱グルクロン化を通じて、ヒトのテストステロンレベルに影響を与える。 逆に、テストステロンは腸内細菌叢にも影響を及ぼす。我々の検討でも高齢の日本人男性の腸内細菌叢におけるFirmicutes門の比率が血清テストステロンレベルと有意に相関していた。今後prebiotics、probioticsにより超細菌叢を変化させることにより、テストステロン代謝に影響を及ぼし、それに関連する疾患の予防治療が可能となる可能性がる。

岩佐武
女性におけるテストステロン
 性腺ホルモンは生殖機能の維持の他、種々の生理機能において重要な役割を果たしている。女性においてエストロゲンは生理機能に概ね良好な作用を及ぼすが、アンドロゲン(テストステロン)の作用については一定の見解が得られていない。我々は女性におけるアンドロゲンの役割について、栄養代謝機構およびストレス制御機構との関連性に着目して検討を行ってきた。その結果、女性(雌)におけるアンドロゲンの作用はエストロゲン環境により変化し、エストロゲンが保たれた状況では肥満のリスクを高め栄養代謝機能を悪化させるのに対して、エストロゲンが欠乏した状況では肥満のリスクを低減し栄養代謝機能を改善させることを明らかにした。また、性成熟期の雌動物に対してアンドロゲンを慢性投与すると、感染ストレスに対する種々の反応性が高まることを明らかにした。個体レベルで考えた場合、アンドロゲン過剰は女性の生理機能に対して不利に作用すると思われがちだが、より長期的な視点から考えると飢餓やストレス環境を生き延びる上で有利な体質であったと言えるのかもしれない。なお、我々の研究は実験動物を用いて検討しているが、ヒトにおいて内因性および外因性アンドロゲンと生理機能の関連性を検討した報告も複数存在する。これらにおいて、アンドロゲンが性機能、栄養代謝機能、認知機能などに影響を及ぼすことが示唆されているが、報告間での差が大きく一致した見解は得られていない。本シンポジウムではこれらをもとに女性におけるアンドロゲン(テストステロン)の役割について解説する。

金子真美
超高齢社会における美声維持の医学的恩恵
 加齢による音声障害は往々にして社会からの隔離、仕事からの離脱、仲間の疎遠に繋がり、活動性の低下から認知機能の低下へと繋がりかねない深刻な事態である。声の老化は声帯レベル、呼吸機能、共鳴腔レベルで起こり、包括的対処が必要である。そのためにはまず声帯のケアと維持が重要である。水分摂取等の保湿や胃酸逆流等による慢性炎症の回避といったのどの基本的なケアは必須である。更に積極的に声帯を維持する取り組みとして、歌唱や機能性表示食品である抗酸化食品の摂取が効果的であることがエビデンスレベルで確認されてきた。
 声帯粘膜や声帯筋の萎縮によって生じる加齢性声帯萎縮で、声帯振動は残存していると診断された状況においては、発声のレジスタンストレーニングを代表とする音声治療が、声帯筋の筋活動及び声帯振動・音声機能を有意に改善させることが報告されている。よって漫然と発声練習をするのではなく、レジスタンストレーニングとして積極的に軽度の発声負荷をかけ続けることで音声機能が改善しうることが示された。一方、重度の声帯萎縮に対しては塩基性線維芽細胞増殖因子を用いた声帯再生医療が効果を上げている。また塩基性線維芽細胞増殖因子は声帯筋の再生効果が動物実験で示されており、加齢性声帯萎縮を積極的に治療する方法として今後一層注目されると思われる。
 ヒトが健康寿命を保つために美声の維持は重要であり、また声帯の維持は嚥下機能の維持にも繋がるのため、美声を維持することは超高齢社会における重大な問題の一つである嚥下障害にも寄与する可能性がある。

藤岡正人
内耳再生医療の現況と課題:失われていない20年?
難聴は65歳以上の3割が罹患する国民病である。聴覚系の末梢感覚受容器である蝸牛は側頭骨深部に位置する生検が困難な小さな臓器で、病態研究が難しいこともあり、内耳性難聴は原因に即した根本的治療法が未だに存在しないとされる。哺乳類の蝸牛では1列の内有毛細胞と3〜数列の外有毛細胞が同心円状に整然と配列して、周波数特性と選択的音圧増幅がなされるが、その構造の維持には必然的に厳密な細胞数調節機構(増殖抑制)を要する。つまり我々は繊細な聴覚を獲得する代償として、感覚上皮の再生能を失っている。
 このような原理的背景に基づき、多くの研究者が、①感覚上皮の細胞周期を調節する因子や②その幹細胞性を再獲得する因子の傷害局所における人為的調節と、③細胞レベル(例:聴毛)ないし④細胞間(例:シナプスやイオン交換輸送)の人為的再構築とを治療戦略に、果敢にチャレンジしている。
 本発表では過去20年にわたる国内外の取組みを概略し、我々が進めてきた低分子化合物を用いた蝸牛感覚上皮における分化誘導療法についても紹介しながら、内耳再生医療の現況と近未来について考察したい。
 見落とされがちだが、聴覚系が他の臓器と著しく異なる点は、人工臓器(人工内耳)が実用化され普及していることにある。品目そのものにもコストやリスクが伴う医薬品の開発研究に際して、侵襲的手技を伴うとはいえ極めて大きな効果量をもった標準治療が存在し定着している現状は、開発戦略の構築に際して無視のできない外的要因である。“マーケット”として疾患領域を鳥瞰すると軽度〜中等度への介入治療にアンメット性が目立つが、一方で、この領域には自然治癒例も存在し、小さな効果量における検査結果とQOLとの相関関係に関する臨床研究も少ない。橋渡し研究(translational research)のゴールは患者さんに届けるまでであり、聴覚領域の再生医療を考えると、臨床研究開発におけるイノベーションも待ち望まれていると言えよう。
 本発表では、我々の臨床試験の経験も踏まえつつこれらについても概観したい。

榛村重人
水疱性角膜症に対するiPS由来角膜内皮細胞移植
2014年に理化学研究所(当時)の高橋政代先生が世界で初めてiPS由来網膜色素上皮細胞シートを患者に移植して以来、眼科領域は常に再生医療の先陣を切ってきた。すでに3つの保険収載された眼科再生医療等製品(ネピック、オキュラル、サクラシー)が発売されており、水疱性角膜症に対するドナー角膜由来の培養角膜内皮細胞製剤(ビズノバ)も本年3月に承認された。現在、我々もiPS細胞由来角膜内皮代替細胞(CLS001)の臨床研究を実施しており、昨年10月に第1例目(FIH)を実施した。慶應義塾大学発ベンチャー起業の(株)セルージョンを設立し、CLS001の治験を予定している。脊髄損傷や心不全と異なり、水疱性角膜症は角膜移植という標準治療が存在する。しかし、米国などの一部の国を除いてドナー角膜が不足しているため、CLS001の開発によってドナー不足問題を解消したいと考えている。一方で、再生医療等製品として成功するには角膜移植医療と比べて少なくとも有効性においては非劣性を示す必要がある。一方で、iPS細胞は薬剤開発分野でも多くの研究が実施されている。我々は、フックス角膜変性症患者血液より疾患iPS株を樹立しており、同疾患の病態解明や、ドラグスクリーニングによる薬剤開発を進めている。本講演では今までの経緯と現状について紹介する。

前田忠郎
加齢黄斑変性に対する iPS細胞を用いた網膜再生医療
幹細胞を使って組織や臓器を置換し、失われた身体機能を取り戻すことで、難病や重篤な病気を克服する再生医療は、世界的に新しい治療法となることが期待されている。 1990年代半ば以降、神経幹細胞、胚性幹(ES)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞に関連する基礎研究が劇的に進歩した後、中枢神経系を含むさまざまな組織の細胞移植による再生治療が最近始まっている。 培養ヒト角膜内皮細胞を用いた水疱性角膜症、iPS細胞を用いた加齢黄斑変性および角膜上皮幹細胞疲弊症の臨床研究など、過去10年間の眼の再生医療の進歩は目覚ましく、また他の分野でも、日本ではiPS細胞を用いた合計11件の臨床試験が開始された。その中で、眼科での再生医療はその優位性から臨床応用が先駆けて行われてきた。現在、先進諸国では未だに標準治療が確立していない網膜色素変性や加齢黄斑変性(AMD)を中心とする網脈絡膜萎縮などの網膜変性疾患が中途失明原因の上位となり、その治療法の開発が急がれている。これら網膜変性疾患に対する新しい治療法として網膜再生医療が世界的に注目されており、既に実施されたiPS細胞由来色素上皮細胞移植の臨床研究では、同細胞移植の安全性が一定の範囲で明らかとなり、治療効果や適応拡大踏まえた次弾の臨床試験が進んでいる。今後も、さまざまな研究分野、臨床分野、規制とのグローバルな連携を強化しながら、網膜変性疾患の再生医療の実用化に向けた着実な進展が期待される。今回は、近年AMDに対して実施されたiPS細胞を用いた再生医療に関する進捗と、今後の課題と展望について述べて行きたい。

石島旨章
半月板から見る変形性膝関節症の発症メカニズム
健康日本21(第2次)の課題の一つである健康寿命の延伸には、加齢に伴い頻度が高まる運動器疾患による移動機能低下に対する認知度の向上とその進行抑制と予防法の確立が急務である。高齢者の移動機能低下を招く原因となる疾患は限られており、変形性膝関節症(膝OA)はその代表的疾患の一つである。
近年、膝OAについての臨床研究の課題には大きく分けて2つある。一つは、膝OAに対するエビデンスに基づく体系化された治療アルゴリズムの確立である。現行の日本整形外科学会による膝OA診療ガイドラインの問題点を洗い出し、現在までに明らかになってきた病態に則した治療の標準化の実現に向けて、ガイドラインの改訂作業が進められている。
もう一つは、運動器疾患に限らず有病率の高い疾患が歩んできた道筋を辿ると明らかなように、早期発見と早期治療の実現が重要であり、その実現にはより一層の病態解明、特に「早期」の病態解明が求められている。
膝OAの首座は関節軟骨であるとして、膝OAの疾患修飾型治療法の開発は、摩耗した関節軟骨への介入を目的とした試みが行われてきた。しかし、その試みは悉く成功してこなかったという歴史がある。
近年、MRIを用いた膝OA早期の病態解析から、関節軟骨の摩耗は他の関節内病変が発生したことによりそのリスクが高まることが明らかになってきた。その関節軟骨の摩耗のリスク因子として重要な関節内構造物が、半月板である。
本講演では、「半月板」の視点から、現在までに明らかになってきた膝OAの早期の病態について考えてみたい。

齋藤琢
脂肪幹細胞を用いた変形性関節症治療
変形性関節症(Osteoarthritis, OA)に対する新たな選択肢として、脂肪由来の間葉系幹細胞を用いた治療法が注目を集めている。間葉系幹細胞は自己複製能と多分化能を有する細胞集団として研究が始まったが、その後間葉系幹細胞には組織修復能のほか抗炎症作用も有することが分かり、様々な疾患を対象に細胞の局所投与もしくは静脈内投与による治療研究が行われている。変形性関節症についても脂肪由来や骨髄由来幹細胞の関節内投与の臨床研究が世界各地で行われており、概ね良好な成績が報告されているが、その作用機序については不明な点が多い。本講演では脂肪由来間葉系幹細胞を用いたOA治療について、臨床研究やメカニズム研究の最新の知見を紹介する。

高橋知幹
変形性膝関節症に対するロボティックアーム支援システムを用いた人工膝関節置換術
 変形性膝関節症は、加齢・外傷・遺伝的素因などを背景に関節軟骨の変性・摩耗が起こり、骨に増殖性変化が起こるばかりでなく、靭帯・関節包・滑膜・筋肉など膝関節全体に退行性変化が起こる疾患である。初期治療としては、日常生活指導・運動療法・装具療法・薬物療法といった保存療法を行うのが基本であるが、保存療法に抵抗し疼痛が強く歩行障害を認める場合には人工膝関節置換術が行われることがある。人工膝関節置換術は、除痛・関節機能回復により歩行能の回復および生活の質の改善がもたらす確立した手術法であるが、患者満足度は80−90%と報告されており、なお、その改善が必要である。
 人工膝関節置換術では、良好なアライメントと軟部組織バランスを獲得することが必要であり、近年、その精度改善のためにロボティックアーム支援システムを用いた手術が行われている。その特徴は、術前計画を患者CT画像とインプラントCADデータを用いて行い、軟部組織バランス評価は骨切り前に確認することができ、骨切りはロボティックアーム支援で行うため計画に沿ったブレの少ない骨切りを行うことができる。また、骨切り範囲外にボーンソーが侵入せず停止するように設定されているため、必要以上の展開や医原性軟部組織損傷を回避することが可能と考えられる。これらの特徴から、術者が目標とする患者それぞれに合わせたアライメントと軟部組織バランスの獲得が可能となり、また、低侵襲手術による術後疼痛軽減・早期関節機能回復、治療成績・患者満足度の向上が期待される。
 今回の発表では、変形性膝関節症の疫学・治療法、ロボティックアーム支援システムを用いた人工膝関節置換術の特徴・利点などについて発表する。

鬼塚真仁
造血細胞のエピジェネティックな老化を介してみる全身の加齢現象
近年、老化したヒト造血細胞クローン(clonal hematopoiesis of indeterminate potential: CHIP)が全身の老化現象に関与していることが示されてきた。従って、ヒトの老化を考える上で造血細胞老化のメカニズムを解明することは重要な課題といえる。ヒトの造血細胞の老化メカニズムの解析を行う上で、大きな二つの障壁が存在していた。第1に、造血研究に汎用されるマウスとヒトの寿命が大きく異なることから、動物実験モデルによるヒト造血細胞の老化解明が困難であること、さらに第2の障壁は細胞年齢を客観的に測定する方法が存在しなかったことである。第1の点をふまえて、血液疾患に対する標準治療となっている造血幹細胞移植療法に着目した。年齢の異なるドナー・レシピエント間で行われる同種造血幹細胞移植は、患者体内に移植されたドナー細胞がどのように加齢するか解析可能な唯一のヒトモデルといえる。次に、細胞年齢を客観的に測定する手法として、2013年に報告されたHorvath法を用い、同種移植後の細胞年齢の測定を行った。本手法は網羅的なCpGアイランドのメチル化解析からchronologicalな年齢に強く相関するメチル化サイトを353カ所特定したことに由来する(Genome Biol. 2013)。この353カ所のエピジェネティックなメチル化サイトの解析により、これまで不可能であった客観的な細胞年齢測定を初めて可能とした手法である。移植後の時間経過はそのまま臍帯血のchronological年齢であるが、実際、患者体内でどのように加齢が進むのかメチル化年齢解析を行った。この結果移植された臍帯血細胞はchronologicalな時間経過の約2倍の速度で加齢していることを発見した。そして、患者年令が40歳を境にして、メチル化年齢の加速度は大きく異なることが判明した。加齢速度変化に関与するメチル化遺伝子は、細胞老化のメカニズム解析を行う上で重要なヒントとなり得る。さらに、親子間移植での解析結果もふまえて、骨髄環境と造血細胞老化現象について報告する。

岡本隆一
炎症性腸疾患と腸粘膜再生
消化管は栄養の消化・吸収だけでなく、免疫・代謝等の極めて多彩な機能を有し、全身の恒常性維持において中心を成す臓器である。さらに消化管には100兆個を超える腸内細菌が常在しており、同細菌叢の破綻が様々な全身疾患発症の重要な要因となり得る。炎症性腸疾患は消化管に原因不明の慢性炎症が惹起され、これにより「潰瘍」に代表される消化管組織の構造的・機能的傷害を来す代表的な消化管疾患である。本邦では潰瘍性大腸炎22万人、クローン病7万人以上の患者が治療の対象となっており、増加の一途を辿っている。同疾患は「消化管免疫応答の異常」が主たる発症要因の1つであり、これに伴う「炎症」の制御に焦点を当て、造血細胞に由来する免疫担当細胞を標的とした治療法が開発されてきた。この結果、生物学的製剤等の新規治療薬が登場し、治療体系が大きく変革している。また炎症性腸疾患の長期予後の改善には「腸粘膜の再生(粘膜治癒)」が重要であるが、既存治療薬を用いても粘膜治癒を達成できない症例に対し組織再生を促す新規治療の開発が課題である。当施設では「粘膜治癒」を達成するための粘膜再生治療として、患者由来の「腸上皮オルガノイド」を利用した自家移植による治療法の開発・実用化に取り組んできた。このため、研究室で確立した「腸上皮オルガノイド」の培養法について、安全性を確保しながら適切に提供するための技術開発を行ってきた。さらに同技術を用いて病院内の細胞調製施設で移植用の「腸上皮オルガノイド」を製造・出荷するための手順の策定や、技術を備えた培養士の養成などを併せて行い、世界に先駆けて消化管内視鏡を用いた「オルガノイド移植」を実施している。本発表では当施設における取り組みを中心に消化管領域の細胞治療・再生医療の現状を紹介し、議論する機会としたい。

高見太郎
自己骨髄液を原料とする非代償性肝硬変症に対する再生療法
これまで当科では非代償性肝硬変症患者から全身麻酔下に約400mLの骨髄液を採取し、骨髄単核球分画を洗浄濃縮後に非培養のまま点滴投与する「自己骨髄細胞投与療法」の実績がある。しかしながら全身麻酔困難例も多く、以後は全身麻酔不要な低侵襲な肝臓再生療法の開発に取り組んできた。これまでのところ、自己骨髄間葉系幹細胞(MSC)を肝動脈投与する臨床研究「自己骨髄MSC肝動脈投与療法」を経て、医師主導治験「自己完結型肝硬変再生療法」を実施している(jRCT2063200014)。先行した臨床研究では2症例に実施し、アルコール性肝硬変症例ではMSC投与後に、肝容量増加(投与前 760→投与6ヶ月後 730→2年3ヶ月後 1150mL)、PT%上昇(投与前 41→投与6ヶ月後 53→2年3ヶ月後 65%)、血清アルブミン値上昇(投与前2.4→投与6ヶ月後 2.4→2年3ヶ月後 3.0g/dL)、Child-Pughスコア改善(投与前10→投与2年3ヶ月 8点)を認め、長期経過での改善を確認している。その後の医師主導治験は3症例に実施しており、1年程度の経過を追えた初期症例では血清アルブミン値及びPT%上昇を認め、C型肝硬変SVR後症例で肝硬度の低下も認めている。そこで本セッションではこれまでの開発経緯を含めて発表する。

柳川享世
骨髄細胞による線維肝再生促進
 肝臓は再生能力の高い臓器であるが、線維化の終末像である肝硬変に至ると再生不全に陥るとともに肝細胞癌が好発する。肝硬変症の唯一の根治治療である臓器移植は圧倒的なドナー不足の問題もあり、これまでとは異なる視点に立脚した肝の再生促進を目指す新たな治療法の開発が求められている。
 演者らは、新規肝再生促進因子としてOpioid growth factor receptor-like 1 (OGFRL1) を独自に同定した。肝線維症モデルマウスにG-CSFを投与すると、肝臓の線維束に集簇する骨髄細胞由来細胞がG-CSF未投与群に比べ顕著に増加し、線維化の改善とともに肝再生が促進した。そこで、G-CSF投与により肝臓の線維束に浸潤した細胞のmRNAを網羅的に解析し、新規肝再生促進因子としてOGFRL1を見出した。
 生理的条件下において、Ogfrl1のmRAN発現は脳神経系や肺、脾臓、骨髄細胞などで高く、末梢血ではマウス、ヒトともにCD45陽性の単球に高発現していた。OGFRL1タンパク質は、肝傷害時には細胞外分泌小胞タンパク質として末梢血中に分泌され、肝実質細胞へ取り込まれる。半数致死量を超えるような重度な傷害においては末梢血中に検出されなくなることから、組織修復や再生示すバイオマーカーとしても有用であることが示された。ヒトにおいても、転移性肝癌の切除術後の末梢血中にOGFRL1が検出されたことから、肝再生に関与している可能性が示された。
 OGFRL1の肝再生に対する効果として、線維肝症モデルマウスにOGFRL1発現細胞を投与した後に部分肝切除を実施すると、コントロールに比べ、細胞周期関連遺伝子や肝前駆細胞のマーカーであるAFPの発現が増加していた。また、組織学的解析から、AFPの他に細胞増殖のマーカーであるKi-67の発現が増加していた。したがって、肝線維症に対して発現細胞を投与すると、重度の肝傷害からの再生に必要な肝前駆細胞の動員と肝実質細胞の増殖を促進する効果があると示された。現在は、OGFRL1を内包させた細胞外分泌小胞の産生系を確立し、肝線維症に対する再生促進効果を検証している。

杉山庸一郎
喉頭感覚刺激による嚥下機能改善効果の基礎的検証と臨床応用
超高齢化社会において、嚥下機能をキープすることは生活の質を保つために大切であるが、嚥下機能低下に伴う肺炎や窒息など命に関わる重要な問題でもある。加齢による嚥下機能低下に加え、悪性腫瘍、脳血管障害など併存する様々な疾患により重度の嚥下障害をきたすこともある。摂食・嚥下は先行期、準備期、口腔期、咽頭期、食道期の5段階に分類されるが、そのうち咽頭期は食塊を咽頭残留や誤嚥なくスムーズに食道へ移送するための重要なステージであり、非常に複雑な神経ネットワークにより制御されている。咽頭期嚥下が起きるタイミングはこの嚥下神経ネットワークにより精密に制御されており、少し遅れるだけで重度の誤嚥を引き起こす。一旦嚥下が障害されると経口摂取は困難となり、改善には難渋することとなる。嚥下障害に対しては嚥下リハビリテーション治療が行われる。しかし、エビデンスレベルの高い、科学的に根拠のある治療は乏しいのが現状である。その中で、我々は電気刺激療法を用いた嚥下診療を行っている。その基盤となる理論は嚥下神経ネットワーク機構の解明と治療効果の検証にある。嚥下生理および嚥下障害の病態生理に基づいた適切な適応、刺激法は電気刺激療法を有効に作用させるためには必須である。基礎研究により得られた電気刺激療法の嚥下改善効果における知見、それに基づいた臨床応用とその効果について報告する。低侵襲かつ効果の高い電気刺激療法は嚥下診療には欠かせないものになりつつある。本講演が高齢化社会において良好な嚥下機能をキープするための一助になれば幸いである。

谷戸正樹
緑内障診療における認知機能の影響
緑内障は,視神経の萎縮をきたす進行性の眼疾患で,本邦の失明原因第1位となっている。緑内障の主要な危険因子は加齢,近視,高眼圧であり,高齢化が進む本邦では,今後も有病率の上昇が予想されている。緑内障では生涯にわたる進行モニタリングと眼圧下降治療の継続が必要となる。加齢と供に併存する認知機能の低下は,緑内障診療に影響すると予想されるが,現状を把握するためのデータは十分でない。当院では以前から,緑内障外来を受診する患者を対象として,Mini-Cog(0-5点)を用いた認知機能スクリーニング検査を行ってきた。406人の受診者(平均年齢70歳)の解析では,28人(6.9%)が検査陽性(2点以下)であった。また,Mini-Cog陽性者は陰性者と比較して,有意に高齢で,視力が不良,白内障手術既往が多く,視野感度が低い,という結果が得られた。視野検査の信頼性に対する認知機能スコアの影響を検討した解析では,746人の対象者の内,60人(8%)がMini-Cog陽性であった。混合効果モデルによる解析で,Mini-Cogスコア異常は偽陰性と偽陽性高値に、言葉の記憶力低値は偽陰性と偽陽性高値に、時計描画低値は偽陽性高値に関連した。認知機能低下が点眼薬使用の巧拙に関係あることから,認知機能低下が疑われる患者では,処方する薬剤数を減らす,家人への点眼依頼を行うなどの対応を行うなど,薬剤アドヒアランス維持のための工夫も必要となってくる。本セッションでは,高齢者の慢性疾患である緑内障について,認知機能低下が及ぼす影響と実臨床上行う事ができる対策について紹介したい。

岡野高之
加齢による聴覚障害と認知症
超高齢社会を迎えた日本では認知症予防が大きな社会的課題として認識されており、その介入方法の探索や有効性の検証が急務となっている。近年、難聴と認知症の関連について関心が高まり、2020年のLivingston らによるメタアナリシス では、他の11の因子とともに中年期の難聴を認知症のリスク因子として挙げている。高齢者では認知症と難聴の両者が合併する頻度は高く、また表現型に類似する点が多いためその区別はしばしば困難となる。難聴に対して早期に介入することで、認知症の発症や進行の抑制効果の評価が待望されている。
神経心理学的検査による認知機能評価においては、Mini Mental State Examination (MMSE)が広く用いられ、これまでに得られたデータが豊富で施行や採点が容易である一方で、MMSEには音声言語を用いた指示による課題が含まれるため、難聴を有する被検者においては、認知機能が実際よりも低く評価される可能性がある。今後難聴に対する介入による認知症への影響を評価する際には留意すべき点となる。
本発表では、補聴器装用による認知機能への影響を検討した従来の報告の概要をまとめるとともに、臨床研究を行う上での臨床試験デザイン、難聴や介入する対象の定義、用いる認知機能評価尺度の問題点などを述べる。また著者らの開発した聴覚や音声に依存しない認知機能評価尺度 ReaCT Kyotoを紹介する。今後ReaCT Kyotoを検者の技量や習熟度に依存しない認知機能評価尺度として活用し、難聴者を含めた簡便な認知症患者のスクリーニング方法の一つになることが期待される。最後に現在我々が取り組んでいる認知症を有する難聴者に対する補聴器装用の介入の試みについても解説する。

岡本雅子
ヒトの脳における嗅覚情報処理
匂いは生活に彩りをもたらす大切な要素である。匂いの元は化学物質だが、私たちは、甘い、リンゴのような、快い、など様々な「感じ」を匂い物質から感じ取ることができる。このような匂いの知覚は脳における情報処理の結果生じていると考えられるが、化学物質が受容されてから知覚が生じるまでの経時的な過程は、未解明な点が多い。私たちは、脳における嗅覚情報処理過程の時間的側面を明らかにすることを目指して、時間分解能が高い脳波を用いたヒトの脳活動計測を行っている。脳波データの解析に、従来から使われてきた単変量解析より検出力が高い、機械学習を用いた多変量解析を適用したところ、匂い呈示100ミリ秒以降の嗅覚誘発脳波の時空間的パターンから、その人が嗅いでいる匂いの種別を判別できることが明らかになった。さらに判別成績を基に推定された脳における匂いの情報表現は、匂い呈示約350ミリ秒後から匂いの不快さと、約500ミリ秒後から匂いの快さ及び、匂いの主観的な質(果物のような、花のようななど)と有意に相関すること、これらの脳における信号源は、感情や意味をつかさどる脳の領域に推定されることなどが分かってきた。本講演では、香りと加齢に関する知見を紹介すると共に、これら、脳波研究で分かってきた嗅覚情報処理について紹介する。

高橋克
先天性無歯症患者の欠如歯を再生する新規抗体医薬品の開発
―第3生歯再生への展開を目指して―

先天性無歯症患者は、幼少期から無歯症となるため、栄養確保や成長に悪影響を及ぼす。根治的な治療として歯の再生治療の開発が強く望まれていた。マウス抗USAG-1抗体は、先天性無歯症モデルマウス等において単回投与にて欠損歯を回復できることを明らかにした。in vitro/in vivo活性、予備毒性試験より、ヒト抗USAG-1抗体の最終開発候補物を決定した。PMDA RS戦略相談対面助言にて非臨床試験の項目を確定した。ヒト抗USAG-1抗体を先天性無歯症患者の治療薬として、有効性安全性を確立し、臨床応用への道筋をつけることを目指す。抗体投与にて有効性が確認された無歯症の原因遺伝子(WNT10A, EDA等)を有する家系の多施設共同レジストリを構築し、医師主導治験のプロトコールを確定する。2022- 2023年度に非臨床試験を実施し、医師主導治験に移行する。既存治療としては、成人以降に義歯や歯科インプラントによる人工歯を用いた代替治療しか存在しない。先天性無歯症患者に、ヒト抗USAG-1抗体を単回静脈内投与することにより、歯を支える歯槽骨と共に永久歯を回復させることができる。iPS細胞等を用いた組織工学的手法による歯の再生が試みられたが、細胞リソース、コスト、安全性等の問題で、臨床応用まで至っていない。抗体製剤等の分子標的薬は、がん等多様な疾患で臨床応用がすすんでいる。分子標的治療にて欠損部位の歯を再生する革新的治療法を想定している。将来的には一般の欠損歯に、永久歯の後継歯(第3生歯)を形成させることにより適応拡大し、未病対策として健康寿命の延伸に繋げることを目指す。本技術は、ウェルエイジング経済フォーラム主催、文部科学省、日本学術振興会、厚生労働省、経済産業省後援の「Age Tech 2021 アワード」において、優秀賞(次点)を受賞し、アンチエイジングに向け、期待を集めている。

田中準一
再生唾液腺を活用した新たな唾液分泌方法の展開
【目的】唾液腺は口腔内への唾液分泌を担う外分泌腺の一つであり、シェーグレン症候群や頭頸部がん放射線治療後の副作用などでは唾液腺組織障害による重度の口腔乾燥症が問題となっている。加えて唾液腺組織は再生能力に乏しい組織であり再生医療の開発が望まれている。しかしながら、iPS細胞やES細胞から唾液腺細胞を誘導する方法は報告されておらず、再生医療の細胞ソースとして唾液腺オルガノイドの誘導は喫緊の課題であった。過去に我々の研究グループはマウスES細胞からマウス唾液腺オルガノイドの誘導方法を開発し報告した。そこで、本研究ではマウス唾液腺オルガノイドの誘導方法を改変することでヒトiPS細胞からの唾液腺オルガノイド誘導方法の確立を目的とした。
【方式】ヒトiPS細胞を無血清浮遊培養系を用いて分化誘導を行った。唾液腺の由来組織である原始口腔粘膜を介して3次元的な唾液腺オルガノイドを誘導し、scRNA-seqや機能解析、および同所移植を用いて唾液腺オルガノイドの評価を行った。
【結果】ヒトiPS細胞はTGF-b inhibitorを添加した無血清培地で浮遊培養を行うことで培養12日目に原始口腔粘膜様の上皮細胞が効率よく分化誘導されることが明らかとなった。さらに、ヒトiPS細胞から誘導した原始口腔粘膜様組織をFGF7、FGF10添加培地で浮遊培養を継続することで、分化誘導開始から約60日で細胞凝集塊の内部に唾液腺に類似した枝分かれ構造を持つ唾液腺様組織の発生が確認された。これらの構造は組織学的に胎生期唾液腺に非常に類似しており、唾液腺を切除した免疫不全マウスへヒト唾液腺オルガノイドを同所移植することで口腔内への唾液分泌経路を保って生着することが明らかとなった。
【結論】本研究で作成したヒトiPS細胞由来の唾液腺オルガノイドは胎生期ヒト唾液腺組織を高度に模倣した組織であり、この唾液腺オルガノイドが再生医療の細胞ソースおよび、疾患解析のツールとして有用である可能性が示された。

木津康博
脂肪幹細胞を用いた歯科・口腔領域での実践
 老化による機能低下の改善や修復と共に事故や疾病で失われた臓器や組織の治療に再生医療の導入が試みられているが、その治療の主体は骨髄幹細胞やiPS細胞であり、それらの採取や細胞誘導の手法は臨床的に広く普及しておらず限定的である。
 一方、脂肪幹細胞(adipose stem cells : ASCs)は、間葉系組織への分化誘導に関与する種々の成長因子を豊富に含むことや骨髄と比較して幹細胞の含有量がはるかに多いことも報告されており、加えて比較的容易に採取が可能なため患者への負担が少なく、脳梗塞、肝硬変や認知症などの多くの疾患や審美的な回復への実用化も行われている。
 このことから演者はASCsの歯科・口腔領域への導入を目指し、再生医療等安全性確保法の第2種再生医療の認定を取得した上でASCsを用いた顎骨再建を行っており本講演では現在まで演者が行った実施例を概説すると共にASCsを用いた重度歯周病に対する治療や唾液分泌障害の改善などの可能性についても考察し、今までにない歯科医療としてASCs による再生医療の将来について述べる。

柿沼敏行
骨盤臓器脱における新たなnative tissue repair(NTR)の試み~腹腔鏡下膣断端子宮円靭帯固定術(Kakinuma methods)の臨床的検討~
背景・目的:骨盤臓器脱(POP)における腹腔鏡下仙骨腟固定術(LSC)が2014年から、また、ロボット支援下仙骨腟固定術(RSC)は2020年より保険収載され、POPに対する新たなアプローチとして普及し、当院でも導入、施行してきた。
しかし、腹腔内の高度な癒着が予想される症例や岬角前面の破格症例、またはメッシュ特有の合併症であるびらんや感染を起こしうるリスクの高い易感染性患者など、患者リスクによりLSCやRSCを選択しにくい症例では、メッシュを用いず患者自身の組織を用いた修復(NTR)を選択肢として患者へ提示する機会も必要となることも少なくない。NTRの一つとして腹腔鏡下仙骨腟固定術(Shull法)を導入したが、重度の骨盤臓器脱では腟管が長く、また、仙骨子宮靭帯の過伸展から本術式では有効な修復が行えないことがある。Shull法の問題を解決する方法の一つとして、仙骨子宮靭帯よりもさらに解剖学的に高位にあり、組織学的に強靭な組織である円靭帯に腟断端を固定する術式、腹腔鏡下腟断端円靭帯固定術(Kakinuma法)を考案した。本術式がPOPにおける新たなNTRの術式になりうるか臨床学的検討を行った。
対象・方法:2017年1月から2022年3月までに、POPに対して手術を施行し、術後1年以上の経過を観察し得た78例のうち、Shull法40例(Shull群)、Kakinuma法は38例(Kakinuma群)について、後方視的に臨床的検討を行った。
結果:平均年齢、分娩回数、BMI、POP-Q分類等患者背景は両群間に有意差は認められなかった。Shull群の平均手術時間は140.5±31.3分、平均出血量は91.3±95.0ml、Kakinuma群はそれぞれ114.3±21.9分、26.5±39.7mlで、Shull群と比べてKakinuma群は、有意に手術時間は短く、また、出血量は少なかった。いずれの群において、周術期合併症は認められなかった。再発はShull群で5例(12.5%)に、Kakinuma群では2例(5.3%)認めた。
結論:Kakinuma methodsは、POPにおける新たたなNTRの術式になりうることが示唆された。

尾臺珠美
妊娠後骨粗鬆症(pregnancy and lactation-associated osteoporosis: PLO)と骨代謝
 妊娠後骨粗鬆症(pregnancy and lactation-associated osteoporosis: PLO)に関する本邦のDPCデータからの調査によれば、分娩後2年以内の骨折入院は1万人あたり4.5人(0.045%)と報告されているが、実際の発症頻度はさらに多いことが推測される。多くは初回妊娠時の妊娠後期から産褥期に発症し、分娩前後の3か月間に多いとされている。突然の腰背部痛を契機に発見され、閉経後骨粗鬆症と比し多発骨折をきたしやすく、1年以内に3か所以上の骨折が起こる椎体骨折カスケードとして認識されている。患者背景に加え、妊娠から授乳期にかけて骨代謝に関与する複数の因子が病態に関与していると考えられている。生殖可能年齢女性におけるカルシウムの摂取推奨量は650 mg/日となっているが、妊娠後期は胎盤を介し母体から胎児へ約350 mg/日のカルシウムが供給される。授乳期にはプロラクチンの作用により卵巣からのエストロゲン産生が低下し、乳腺からのPTHrP産生が増加することで骨吸収が亢進し、母乳を介して大量のカルシウムの喪失(280-400 mg/日)が生じる。一過性に骨密度(bone mineral density: BMD)が低下し、9か月の授乳期間で失われるカルシウム量は妊娠中の約2倍とされ、妊娠前と比較し授乳期のBMDは腰椎で1.8%、大腿骨近位部で3.2%低下する。一般的にこれらの変化は一時的で可逆的とされ、授乳によるBMDの低下は、断乳後12か月で完全に回復するといわれている。
 治療指針は確立されていないが、断乳により骨吸収亢進の負のサイクルを遮断するのが重要である。薬物療法として活性型ビタミンD製剤、ビタミンK製剤、ビスホスホネート製剤、PTH製剤の使用例が散見されるが、ビスホスホネート製剤は胎盤通過性や長期にわたる骨への蓄積、PTH製剤は使用期間に制限があることを考慮した上で治療を選択する必要がある。近年では、デノスマブやロモソズマブの使用例も報告されている。
 PLOによる疼痛や体動制限、断乳などは身体的・精神的負担となり、QOLを著しく低下させるため、多職種の連携によるトータルヘルスケアが不可欠である。

宮本雄一郎
婦人科癌治療後におけるヘルスケアの実際
本邦における女性の平均寿命は延長しており、婦人科癌治療後のがんサバイバーとしての期間も長くなっている。予後を担保した確実な癌治療はもちろんであるが、治療に伴うQOLの維持や、治療後の健康管理の重要性は増している。近年、婦人科においても低侵襲手術が導入され、婦人科癌の多くを占める前がん病変や早期子宮体癌、早期子宮頸癌においての治療負担は減りつつある。一方で、婦人科癌の治療の基本は内性器全摘であり、癌治療後の外科的閉経がもたらす影響は少なくない。婦人科癌治療後のホルモン補充療法や、総合的なヘルスケアの提供は、癌治療とセットで考えていく必要がある。ただし、癌腫・組織型によってはホルモン感受性を有するものもあり、癌治療医にとってもホルモン補充療法をはじめとした女性ヘルスケアへの十分な知識と慣れが求めらる。各種ガイドラインに基づき、癌腫ごとのホルモン補充療法の見解を述べるとともに、当院当科では「腫瘍ヘルスケア外来」を立ち上げ婦人科癌治療後の健康維持に積極的に努めており、治療の実際を紹介する。

田村博史
天然型Pの選択
閉経周辺の更年期ではエストロゲン減少に伴う心身のさまざまな不調(いわゆる更年期障害)がみられ、ホルモン補充療法(HRT)はエストロゲンを補うことで、これらの身体的・精神的な症状の改善を期待する。子宮を有する女性ではエストロゲンによる子宮内膜増殖症・子宮内膜癌の発症リスク低下させるため黄体ホルモンの併用が必要である。黄体ホルモンには天然型と合成型があるが、これまで日本では合成型(メドロキシプロゲステロン、ジドロゲステロン)が主に使われてきた。HRTでは更年期障害の症状を軽減する一方、乳癌、血栓症などのリスクが上昇することが問題となる。エストロゲンに併用する黄体ホルモンの種類によって、子宮内膜保護作用の他、乳癌リスク、脂質代謝への影響、心血管系への影響が異なるため、黄体ホルモンの特徴を考慮して選択する必要がある。天然型黄体ホルモンは海外では広くHRTに使用されてきたが、日本では長く使用できなかったため、代わりに合成型黄体ホルモンが使用されてきた。近年わが国でも天然型黄体ホルモン製剤が使用可能となり、合成型黄体ホルモン製剤と同様の子宮内膜増殖抑制効果を有しながら、乳癌リスクを上昇させない、脂質プロファイルや血管内皮に悪影響を及ぼさないという特性をもつため、今後の選択肢として期待されている。HRTにおいて子宮内膜保護作用、乳癌リスク、脂質代謝、心血管系への影響について、天然型と合成型を比較しながら天然型黄体ホルモンの有用性について解説したい。

武田卓
更年期障害における加味逍遙散
女性は初経・妊娠・分娩・更年期・閉経といった、長期的なホルモン変動に加え、月経周期内での短期的なホルモン変動を認め、男性と比較して心身の不調をきたしやすいと考えられる。周閉経期での病的状態としては更年期障害が代表疾患としてあげられる。このような健康問題は、古来より現代まで延々と続いており、また最近の我が国における女性活躍促進においても対応の必要がある重要な疾患として位置づけられる。更年期障害において、標準治療であるホルモン補充療法は世界的に用いられる確立された治療法であるが、産婦人科以外からの処方が難しい点や、ホルモン製剤への一般での受け入れの悪さから、我が国では普及していない。これに対し、漢方治療は内科医おいての処方が可能であり、一般での受け入れもよいことから、治療の普及において有効な手段として期待できる。更年期障害において、漢方医学的に重要な役割を果たすと考えられる病態である「瘀血」は、通常は滞りなく流れている「血」が、外的なストレス等により流れが障害され、その結果としてさまざまな精神身体症状(不眠、嗜眠、精神不穏、顔面の発作的紅潮、腰痛など)が現れるとされている。更年期障害に対する漢方治療においては、「瘀血(おけつ)」を改善する薬剤「駆瘀血剤」が汎用され、特に安定作用のある生薬である「柴胡」を含有する処方の「加味逍遙散」は、実臨床において汎用されている。更年期うつモデルマウスを用いた作用機序解析では、加味逍遙散はセロトニンシグナルを介し、PKA-CREB-BDNFのうつシグナル改善に作用することが明らかとなっている。ヒトを対象とした更年期障害に対する治療効果検討としては、プラセボ対照二重盲検比較試験が実施されている。これまで実施された2回の検討では、プライマリーエンドポイントではプラセボとの有意差を認めなかったが、ポストホック解析では「興奮性・過敏性スコア変化」において、プラセボと比較して加味逍遙散は有意な改善効果を認めた。

砂川正隆
加味帰脾湯の可能性 ~基礎研究による抗ストレス作用の検討~
 漢方薬・加味帰脾湯は14種類の生薬(茯苓・甘草・大棗・生姜・人参・蒼朮あるいは白朮・黄耆・酸棗仁・竜眼肉・遠志・当帰・木香・柴胡・山梔子)から構成され(牡丹皮を加えて15種類の場合もあり),実臨床では,不眠症,精神不安,神経症などに適応されている。基礎研究より,加味帰脾湯は,視床下部室傍核のオキシトシンニューロンを活性化することが報告されている。オキシトシンの末梢性作用として子宮収縮や射乳はよく知られているが,中枢性作用として,母性行動の形成(母子間の絆の形成),社会的行動促進作用,信頼関係の形成,摂食(食欲)抑制作用,鎮痛作用,抗炎症作用のほか抗不安・抗ストレス作用も報告されている。
 我々は動物実験にて,加味帰脾湯の抗ストレス作用ならびに,作用機序としてオキシトシンの関与を検討した。Wistar系雄性ラットを用い,ストレスとして90分間の拘束ストレス負荷を行った。マイクロダイアリシス法にて脳脊髄液(CSF)を採取し,CSFオキシトシン濃度の変化を経時的に調べた。加味帰脾湯の前投与により,ストレス負荷中,CSFオキシトシン濃度は有意に上昇し,ストレス負荷直後の不安様行動をオープンフィールドテストにて調べたところ,ストレス負荷による総移動距離の減少が,加味帰脾湯の前投与により有意に抑制された。またこの効果はオキシトシン受容体拮抗薬によって一部拮抗された。さらには,健常ラットに加味帰脾湯を投与し,視床下部室傍核におけるオキシトシンの分泌を免疫電顕法にて検証したところ,非投与群と比較し有意に増加していた。以上より,加味帰脾湯は抗ストレス作用を有し,この作用はオキシトシンの分泌促進を介した作用であることが示唆された。
 上述の通り,オキシトシンには種々の生理機能を調製する作用がある。引き続き検証が必要であるが,加味帰脾湯は抗不安・抗ストレス作用以外の効果も期待して使用可能と思われる。

乾明夫
フレイルにおける人参養栄湯
ヒトの限界寿命は150歳であるとも報告されている。フレイルはその手前に位置し、健康寿命を短縮させる大きな要因であると考えられている。フレイルは身体的フレイル(骨格筋萎縮:サルコペニア)、精神・心理的フレイル(抑うつ・認知)、社会的フレイル(孤立)に分けられ、サルコペニアを中心とする比較的シンプルな病態から、疾患の集簇する多様な病態まで認められる。食欲不振・体重減少が前景に立つことも少なくなく、Anorexia of Agingとして知られてきた。
この原因として、グレリン-神経ペプチドY(NPY)空腹系の老化が推測されている。この空腹系はカロリー制限(腹八分)による健康長寿の根幹をなし、NPYがカロリー制限による健康長寿・腫瘍抑制・ストレス耐性を担う事が証明されている。人参養栄湯の作用点はこのNPYにあり、電気生理学的にグレリン応答性および非応答性両者のNPYニューロンを活性化する。
フレイルに代表される社会の高齢化は、ポリファーマシー、医療経済の破綻といった負の側面のみならず、老化機序の解明や抗老化薬(geroprotector)の開発など、大きな学問的進歩をもたらしつつある。その一つがカロリー制限模倣薬の開発である。抗癌剤・免疫抑制剤であるラパマイシンや2型糖尿病に用いられるメトホルミン、人参養栄湯などがその例にあげられる。
本シンポジウムでは、フレイルにおける人参養栄湯の作用とそのメカニズムを述べる。

辺賢治
ストレスマネジメントの漢方治療
 現代生活においてストレスは切っても切り離せないものになっている。漢方では古来「心身一如」といい、心と体は不可分なものと考える。心の不調が原因で身体の不調を来すことはよく知られているが、逆に身体の不調が原因で心の不調を来すこともある。それを見極めるためには、詳細な問診で、症状の変化を時系列で聞き取り、多彩な症状同士の関連性に着目して、大本の原因を紐解くことが治療の早道のこともある。
 多彩な訴えの根底に、ストレスの関与があるかどうかを見極めることは、治療戦略上極めて有用である。それを判断する手段の一つとして、身体所見も有用である。頻脈や手指振戦に加えて、腹診での腹部動悸や胸脇苦満といった漢方診察も手がかりとなる。
 ストレスマネジメントに用いる漢方薬には抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、柴胡加竜骨牡蠣湯、桂枝加龍骨牡蛎湯、半夏厚朴湯、香蘇散、加味帰脾湯などが代表的であるが、その適応は処方ごとに少しずつ異なる。
 抑肝散はもともとは小児の夜泣きなどに用いられていた薬だが、成人の怒りやいらいらにも幅広く用いられるようになり、さらに近年わが国では、認知症の周辺症状に用いられるようになってきた。
 抑肝散の研究としては禁煙に伴ういらいらを止める研究や、手術前後の精神的ストレスを軽減する研究などがなされている。リアルワールドデータとして、西日本豪雨災害時の、被災高齢者に用いられた実績からJMAT携行医薬品リストの一つとして抑肝散がリストアップされた。これらはほんの一部であるが、ストレスマネジメントの漢方治療の知見は積み重なりつつある。
 発表では、潜在するストレスをどのように見極めるかについての実践的な話を織り交ぜながら、最近の知見を紹介しつつ、漢方治療の有用性と限界について参加者とともに考えていきたい。

古賀泰裕
P. gingivalisを主とする口腔内歯周病原菌の糖尿病および膵がん発症リスクへの関与とプロバイオティクスによる介入
口腔内細菌、特に歯周病原菌の全身への影響として、これまで心血管障害、糖尿病そして近年では膵がん発症リスクが認められている。
歯周病原菌による歯周組織炎症の遷延は炎症性サイトカイン分泌を持続させ、インスリン抵抗性増加を招き糖尿病発症の誘因となる。歯周病を持つ糖尿病患者の歯周病を治療することで、HbA1c値が最大で約1%改善したとの報告がある(BMJ 2000;321:405)。
膵がんは予後不良で、日本での膵がん罹患者数、死亡者数は近年増加しており、2019年の統計では癌による死因の第4位を占めている。近年、アメリカで実施された疫学調査では歯周病罹患者の膵がん相対リスクは比例ハザード分析で2.09と約2倍であった。口腔内細菌群集の膵がん発症に及ぼす影響についての前向きコホート研究では、代表的な歯周病原菌であるP. gingivalisが口腔内から検出された被験者は非検出者に比べ、膵がん発症オッズ比が2.2倍と有意に高かった (Gut 2017;67:120)。
LS1(Lactobacillus salivarius TI2711)は、発表者らが開発した口腔内プロバイオティクス(PRO)株である。LS1はP. gingivalisに対してin vitroにおいて顕著な殺菌効果を発揮する。また、軽度の歯周病罹患者を被験者とした臨床試験において、LS1の口腔内投与は歯肉縁下プラーク内のP. gingivalisを有意に減少させ、BOP(bleeding on pressure)等の臨床所見を改善した。PRO株としてL. reuteriをスケーリング・ルートプレーニングと併用した臨床試験においても、PRO併用群では非併用群と比較してプラーク内P. gingivalisの有意な現象とBOP値の改善が報告されている(J Clin Periodontol 2013;40:1025)。
本講演では、これら、口腔内細菌とくにP. gingivalisを主とする歯周病原菌の糖尿病および膵がん発症リスクに関する報告、P. gingivalisに対するPROの抑制効果についての内外の研究結果について解説したい。

天野敦雄
ウコン成分グルクミンによる歯周病制御の新戦略
ウコンはミネラルや食物繊維を豊富に含む根茎であり、古くより香辛料、着色料、あるいは天然生薬として用いられている。ウコンの主成分は黄色を呈するポリフェノールであるクルクミンである。クルクミンは、抗炎症作用、抗酸化作用、抗腫瘍作用、抗菌作用などの多機能を有するため、多方面での臨床応用が期待されている。私はクルクミンの歯周病予防への臨床応用を図るため、2018年に(株)サラヤと大阪大学に共同研究講座を設置し、クルクミンの歯周病に対する予防効果について検討を開始した。
共同研究講座ならびに国内外の他研究機関での研究成果の結果、クルクミンには歯周病予防あるいは歯周病治療において顕著な効果が期待できることが示唆された。まず、歯周病菌への選択的抗菌作用を有すること。さらに、歯周病菌の宿主細胞への侵入阻害、口腔バイオフィルム(プラーク)成熟阻害、歯周組織の炎症抑制、歯周組織の破壊抑制、歯槽骨の吸収阻害、歯槽骨の再生促進などの作用が確認され、新規の歯周病予防素材としての臨床応用が期待されることとなった。
クルクミンの臨床応用においての最大の課題は、クルクミンの難溶性であった。これまで、研究で汎用される可溶化剤を用いてきたが、これらは口腔内での安全性は具備していなかった。そこで、口腔内に用いても安全な可溶化剤のスクリーニングを行い、クルクミンの可溶化に成功した(特許申請中)。
㈱サラヤよりクルクミンを含有する歯磨きジェルである「クルクリンPGガード」が発売された(PGとは最強の歯周病菌Porphyromonas gingivalisの略称である)。さらに、㈱ヨシダにより「クルクリンPGガード」が歯科医院専売品「ハボンPGストップ」として販売された。この商品は、歯科臨床において非常に効果があると好評を博し、順調な売り上げを示しているとの事である。
グルクミンを歯周病制御の新素材としてさらに活用するため、クルクミン含有マウスウォッシュの臨床研究を現在行っており、今後の展開が期待される。

二川浩樹
L8020乳酸菌とオーラルケア
私の専門は歯科補綴学になります.補綴の医局時代の話になりますが,出張病院は障がい者施設や精神病院が多く、週1回ほどですが障がい者の方の治療に長年携わっていました。そのような施設では、歯を治しても治しても,歯はどんどん悪くなっていき、補綴科としてのプライドは傷き?セルフコントロールの出来ない患者さんのために何かできないだろうかということばかり考えるようになっていました。
 研究面では、口腔内での微生物バイオフィルム形成機序やその病原性についての研究を行っていました。ですので、口腔微生物の専門家として障害を持った患者さんのためになんとかできないだろうかと考えてみることにしました。口腔内にはオーラルフローラが存在し,腸内フローラと同様に,その中に乳酸菌を含んでいるため,乳酸菌を利用することを考えました。
 次の課題は、良い乳酸菌を探すことです。たまたまだったのですが、精神病院で診察しているときです。ある精神病の患者さんが歯科の検診を受けに来たのですが、この患者さんには虫歯がありませんでした。「そうだ!ひょっとして虫歯になったことのない人の(一部の人の)口の中には非常にいい乳酸菌がいて、歯を守っているかもしれない」という変な考えが湧いてきました。
 この仮説の下で,う蝕罹患歴のないヒト13名の唾液から42種類の乳酸菌を分離し,むし歯菌と歯周病菌そしてカンジダ菌に対して高い抗菌作用を持つ乳酸菌を探しました。最終的に最も強い効果を持った菌がラクトバチルス・ラムノーザス(KO3株)であり、日本歯科医師会のキャンペーン8020(はちまるにいまる)運動にかけてL8020乳酸菌と名付けました。
 本日は、このL8020乳酸菌がいろいろな形で活用され始めていますので、

石川博士
子宮筋腫の年代別管理のポイント -生殖年齢期から更年期、老年期へ-
子宮筋腫は女性に最も多くみられる腫瘍で、ほとんどが20歳代後半から30歳代で発見され、過多月経、貧血、不妊・不育の原因となり女性のQuality of lifeを下げる。発見のきっかけは、月経随伴症状の悪化、子宮がん検診や不妊症スクリーニングで偶発的に見つかる、妊娠初期に見つかるなど様々である。自覚症状の多くは月経随伴症状であり、症状出現から閉経までの内科的管理により手術を回避することができる。筋腫のリスク因子として、生涯月経回数が多い、未産婦、ビタミンD摂取不足、筋腫核出術の既往などが挙げられる。一方、経口避妊薬の長期内服は筋腫の発生・増大を抑制する。筋腫に対する手術は、挙児希望がある場合は筋腫核出、子宮温存希望がない場合は子宮摘出術が行われる。下垂体ゴナドトロピン分泌を抑え卵巣性ステロイドの分泌を遮断するGnRHアナログ製剤が月経随伴症状、筋腫の縮小に有効である。しかしながら6か月を超える連続投与は骨密度低下から認められておらず、GnRHアナログ製剤の投与は手術前、あるいは周閉経期の閉経逃げ込み療法に限られる。筋腫は生殖年齢期に好発するため、筋腫を有する不妊患者、筋腫合併妊娠が増えている。生殖年齢期では月経随伴症状の改善に加え、不妊・不育の原因疾患として、妊娠中・分娩時の筋腫による障害に注意する。周閉経期ではUnopposed estrogenによる一過性の筋腫増大、ホルモン補充療法施行中の筋腫の増大に注意する。閉経後に筋腫が増大することはほとんどなく、逆に閉経後に筋腫と思われた腫瘤が増大する場合には、子宮悪性腫瘍、あるいは卵巣線維腫との鑑別を要する。また閉経前に長期間GnRHアナログ製剤を使用した場合には骨粗しょう症の発症に留意する。月経随伴症状を認めない筋腫は大きくなるまで放置されることがある。巨大子宮筋腫は深部静脈血栓、肺血栓塞栓症の原因となることがあり注意を要する。われわれには子宮筋腫の生物学的特徴を理解し、女性の年代別ライフスタイルに即した管理が求められる。

楠木泉
子宮内膜症〜若年期からのシームレスな管理
子宮内膜症は子宮内膜あるいはその類似組織が異所性に存在し機能する疾患で、性成熟期女性に発生しエストロゲン依存性に増殖、進行する良性疾患である。性成熟期の約5〜10%にみられ、月経痛や慢性骨盤痛などの進行性の疼痛症状が特徴的で生命予後に重大な影響を及ぼさないものの就学・就労に従事するライフステージにあることよりそのパフォーマンスの低下や生活の質の低下の原因となる。また、重症化による卵巣子宮内膜症性囊胞の破裂や癌化のリスクなどのため定期的な管理が必要であり、不妊の主な原因疾患のひとつでもある。子宮内膜症の主な治療法は内分泌療法を中心とした薬物療法と手術療法あるいはその組み合わせで、年齢、妊娠分娩歴、結婚の有無など患者背景により個別に検討する。
子宮内膜症はエストロゲン依存性疾患であることから閉経とともに沈静化するが、個々の患者におけるその発症年齢ははっきりせず、症状の出現から婦人科受診までの遅延が指摘されている。また、思春期の発症は極めて希と考えられていたが重症子宮内膜症患者も散見され、月経痛を中心とした月経困難症を有する若年者の中には軽症患者も含めると一定数の子宮内膜症患者が存在すると考えられている。若年者の子宮内膜症の診断は困難であり、それは①若年では婦人科受診の機会が少ない、②子宮内膜症初期病変は超音波検査、MRI検査などの画像所見では診断が難しい、などの理由が考えられる。その一方で、月経困難症に悩みながらも婦人科受診をせず正しい知識を得られずに症状をがまんして就学や就労のパフォーマンスを落とすだけでなく、結果的に子宮内膜症の診断と治療の遅れ、重症化により妊孕能低下が生じてしまっているものも少なくない。
今回、子宮内膜症に対する若年期からのシームレスな管理について当科の経験を交えて紹介する。

原田美由紀
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
多嚢胞性卵巣症候群(polycystic ovary syndrome, PCOS)は日常診療で遭遇する頻度が高いが、その多彩な表現型と複雑な病態は正しい理解をしばしば困難にしている。PCOSは排卵障害の最大の原因であり、病態のうち排卵障害のみが注目されがちである。そして妊娠出産を終えるとわが国ではPCOSに対して関心が向けられることがほぼない。しかし実際は生殖機能異常と代謝異常の相互作用により成り立っている症候群であり、また最近の研究で高い家族集積性を示すことが明らかとなっている。さらにPCOSの発症に対しては、遺伝学的要素よりも環境要素が大きく寄与すると考えられるようになってきた。 PCOSの病態形成に関与する環境要素として、胎児期の環境、生活習慣、卵胞局所環境などが挙げられている。このような病態理解に基づき、私たち医療者はPCOSがライフステージを通じた管理を必要とする全身疾患であることを認識し、PCOS女性本人の健康のため、また次世代の健康のために、どのようにアプローチすればよいのかを考える必要がある。
本講演においては、女性のライフステージ毎にPCOS女性の健康管理上の課題を取り上げ、ポイントを整理する。そして産婦人科医が他科の医師と連携しながら今後どのようにこれらの課題に取り組むのが望ましいのか、議論したい。

成瀬勝彦
周産期を乗り切ったママへのメッセージ~妊娠中の高血圧と糖尿病から未来の健康を読む
妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy, HDP)は全妊娠の1~3%(日本で1万~3万人/年)と推定される有史以来の重要な産科救急疾患である。また妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus, GDM)は診断基準が変更されたこともあり、全妊婦の10%近くがあてはまるとされる。これらに共通するのは、産後いったん改善しても、将来の高血圧や糖尿病の発症リスクが高いことが証明されていることで、妊娠が女性にとってのストレステストであると言われる所以である。
HDPには大きく分けて胎盤形成異常とインスリン抵抗性の二つの発症要因があるが、いずれに関わらず日本のHDP既往女性で加齢後の腎障害発症オッズ比が4.85、降圧薬の内服オッズ比が4.28、高脂血症治療は3.20であることが分かっており、先天的要因か、腎へのダメージの遷延か、脂肪組織におけるプログラミングなのか、などその原因はまだ何も明らかになっていない。GDMの影響はよりはっきりしており、現在の基準でもGDMと診断された女性の20%が分娩後5年で糖尿病に進展していたとする報告がある。これは産後も続く肥満やインスリン分泌能のそもそもの低さなど、関連する因子はいくつか推定されている。
HDPでもGDMでも、妊娠中に降圧やインスリン導入など積極的管理を行うことはよくあるが、周産期予後はともかく、母体の将来発症リスクが下がるかどうかについてのエビデンスは乏しい。もちろん腎不全を長引かせるような管理であれば将来には影響するだろうし、医療の不備であった時代には「産後の肥立ちが悪く」てそのまま健康を害し亡くなった女性もいたが、現代では極めてまれである。それよりも産後にいつまで高血圧や糖尿病発症有無のフォローができ、早めに気付いて治療介入ができるかの方が女性の生涯には有益であると考えられる。周産期データや母子手帳がマイナンバーカードなどで一元管理できれば将来の健診医にも有益な情報が届くはずだが、その前に子育てに忙しいママが定期的に健診を受けられる環境作りこそが何より必要なのかもしれない。

大森久光
慢性閉塞性肺疾患(COPD)と肺年齢
全身臓器における生理機能は加齢と共に低下する。なかでも呼吸器は加齢・老化による影響を最も顕著に呈する臓器の1つである。肺の正常のエイジング(加齢)は、呼吸筋の筋力低下、胸壁の硬化、肺弾性収縮力(elastic recoil)の低下などによって起こると考えられている。呼吸機能は肺のエイジングの重要な指標である。スパイロメトリーによる呼吸機能検査では、肺活量(VC)、1秒量(FEV1)、1秒率(FEV1/FVC)、最大呼気流量(MEF)が加齢により低下する。残気量(RV)は加齢とともに増加する。特に1秒量(FEV1)の低下は経年変化をみるうえで有用な指標である。
慢性閉塞性肺疾患(COPD: Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は、肺のエイジングが加速された状態である。COPDは、タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することなどにより生ずる肺疾患であり、呼吸機能検査で気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変と気腫病変がさまざまな割合で複合的に関与し起こる。肺胞壁にある弾性繊維は、3次元的な網目構造を構成しており、その部分的な破壊箇所が増えれば増えるほど、肺弾性収縮力(elastic recoil)の消失につながっていく。その結果、肺の過膨張、残気量増加、閉塞性換気障害をきたす。COPDは、40歳以上の人口の8.6%、約530万人の患者が存在することが推定されている(NICE study)が、大多数が未診断、未治療の状態であると考えられる。1秒量(FEV1)の低下はCOPDの自然歴を反映する。当初、患者は無症状であるが、1秒量(FEV1)の低下の進行に従って徐々に画像診断でも明らかに異常がみられるようになり、呼吸困難などの臨床症状が重症化する。
呼吸機能検査によるCOPDの自然歴および呼吸機能から算出される肺年齢は肺の加齢・老化の評価として重要である。本シンポジウムでは人間ドック受診者を対象としたコホート研究および肺年齢の活用、課題等について概説する。

伊賀瀬圭二
MRIを用いたMCIの画像診断 -脳年齢の評価に繋がる可能性-
【目的】 高齢化社会を迎え、認知症が社会問題となっている。認知症は早期診断が重要で、軽度認知機能障害(MCI)での発見が治療に直結する。今回我々は、ミレニア社の「頭の健康チェック」を利用してMCIを診断し、MRIの様々なアプリケーションによる画像診断が可能かどうか検討した。更に、画像情報を基に脳年齢の評価に繋がる可能性を検討した。
【方法】 2018年5月から2020年4月までの2年間に、物忘れを主訴に来院し、MCIの補助診断ツールであるミレニア社の「あたまの健康チェック」を施行できた91例(平均年齢77.0±6.6歳; 男女比59:32)を対象とした。導出されるMPI(memory performance index)を用いて、MCIの閾値であるMPI 50.2以上を正常群(N群)、閾値以下をMCI群(M群)として分類し検討した。3T MRI(Discovery 750w:GE)を用いて、VSRAD (VSRAD® advance2, Eisai, Japan) softwareを撮像し、萎縮度の指標となるz-scoreを算出し、比較検討した。更に、SPLINK社の海馬体積を計算できるAIプログラム(Brain Life Imaging: BLI)も利用して、MCIの画像診断を試みた。
【結果】 1.MPIの閾値で分類すると、N群33例(36%)、M群58例(64%)であった。2.単変量解析にて、M群は有意に高齢、低い教育歴、z-score高値を示した。3.年齢、教育歴を補正した相関では、MPIはz-scoreと有意な負の相関(r=-0.47; p<0.001)を示した。4.BLI(海馬体積)はMPIとの間に、有意な正の相関(r=-0.67; p<0.001)を認め、年齢の間でも有意な負の相関(r=–0.585; p<0.001)を認めた。
【結論】 VSRADおよびBLIを用いることで、MCIを画像診断できる可能性、更に脳年齢を推定できる可能性が示唆された。今後の認知症治療への応用が期待される。

増谷聡
小児期から高齢者まで変化する心臓年齢 Fontan循環からHFpEFまで
先天性心疾患の予後は飛躍的に改善し、かつては救命困難であった症例の多くが成人に到達する時代となった。それにつれて心不全・不整脈の他、肝硬変・腎障害・血栓症・蛋白漏出性胃腸症・鋳型気管支炎などの全身諸臓器の遠隔期合併症が問題になっている。Fontan循環とHFpEFの病態を概観し、小児期からの個々の取り組みを紹介したい。
単心室疾患ではFontan型手術が当座の最終目標手術である。Fontan循環では、心臓からは大動脈のみへ拍出し、上下大静脈からそのまま肺動脈へ流す。つまり肺循環の駆動圧は中心静脈圧であり、良好なFontan循環であっても中心静脈圧は良好な二心室循環より高い。Failed Fontanでは20 mmHg程度まで上昇する。そのため諸臓器のうっ血が顕在化しやすい。中心静脈圧を低下させる管理、運動の適正化が重要と考える。
小児HFpEF は、2心室疾患で先天性心疾患術後の1歳前後にみられ、短絡は消失し、左室駆出率が保たれているのに拡張障害を背景に心不全を来す。左室が小さめの疾患(総肺静脈還流異常症・ファロー四徴症)、左室後負荷上昇(大動脈縮窄・離断症等)や、その他を背景とする。成人のHFpEFの予後と異なり、生存例の多くでは栄養状態の改善や成長とともに心不全症状は緩和していた。
誰もが通る小児期は、発達・発育がある点で成人期と異なり、そこにチャンスがある。小児期をいかに過ごすかはその後の人生に大きな影響を及ぼす。循環器疾患そのものへの内科的・外科的管理を尽くした上で、心臓の負荷を減じ、心臓のカウンターパートである血管機能を良好に維持するために、小児期から食事・運動・睡眠・学習、学校生活・就労を最適化していく抗加齢アプローチが重要と考える。

岡田昌浩
加齢に伴う聴覚の変化と認知機能
超高齢化社会において、認知症への対応は、喫緊の課題である。難聴は高齢者に最も多くみられる障害の一つであるが、2020年にLancetから、予防可能な認知症のリスク因子として、中年期の難聴が最大の因子であると提言され、注目されている(Livingston G, et al. Lancet. 2020;396:413-46)。
加齢による聴覚機能の低下(加齢性難聴)は、聴力閾値の上昇、語音聴取能の低下、音源認知の障害などを特徴とする。発症時期や重症度には個人差があり、遺伝的要因、騒音曝露歴、喫煙の有無、糖尿病や高血圧などの合併が聴力に影響すると報告されている。これまで、その病態は蝸牛有毛細胞の脱落が主因と考えられてきたが、近年、内耳有毛細胞と蝸牛神経間のシナプス数が減少し、聴力閾値は変化しないものの、特に雑音下の語音聴取能が低下する病態(Cochlear synaptopathy)が注目されている。現状では、補聴器装用などの聴覚ケアが認知症予防や認知機能を改善させることが可能であるかどうか不明な点が多いが、補聴器の使用により有益な効果が認められたとする研究が多く報告されてきている。
愛媛大学、耳鼻咽喉科では、抗加齢・予防医療センターと共同し、抗加齢ドック受診者で希望のある方に、聴覚ドックを行っている。この聴覚ドックでは、通常の聴力検査に加え、静寂下および雑音下での語音聴取能(言葉の聞き取り検査)を行っている。また、疫学・公衆衛生学教室と共同で、前向きコホート研究を行い、難聴のリスク因子に関する解析を行っている。本講演では、これらの研究結果を紹介するとともに、近年、話題になっているCochlear synaptopathyについても紹介する。

北野克宣
『笑顔と健“幸”行動を叶えるためのポジティブヘルスドック~疾病予防を超えた全人的な健康促進を目指して~』
我が国の平均寿命は世界一だが、健康寿命との間に男性で8.96年、女性で12.37年の乖離がある(WHO,2022)。また少子高齢化で減少する労働人口を確保するため健康経営の推進や定年の延長、リスキリング支援、過重労働対策やメンタルヘルス対策などが喫緊の課題である。
WHO憲章は健康を、単に病がないとか虚弱がないということではなく、肉体的、精神的、社会的に全てが満たされた状態(Well-Being)と定義している。私たちは自分を取り巻く環境を認知し、文脈を解釈し、感情や行動を選択しながら生活している。このことから健康とは肉体的、精神的、社会的要素からなる全人的な構成概念であると云える。
ポジティブ心理学(Seligman,1998)は、私たちのポジティブな経験や、ポジティブな個人的特性や、それらの開発を促進する制度や実践手法について科学的な研究を行う分野(Peterson,2006)であり、健康を生物学的、主観的、機能的にポジティブな各健康資産の組み合わせにより定義すべくポジティブヘルスが提唱された(Seligman,2008)。
これらを踏まえ、我々はポジティブヘルスドックを考案した。疾病予防にとどまらない全人的な健康促進を目指し、以下の相補的な三要素に対し評価と介入を行っている。
肉体的要素は、二次予防である従来型の一般健診や特定健康診査、がん検診、無呼吸ドックに加え、一次予防としてあたまの健康チェックやミネラル・有害金属検査、アンチエイジングドックソフト(AAD Life Works)を用いた機能年齢と老化危険因子などの評価に基づき、食事、運動、睡眠、嗜好品、健康食品などへの介入を行っている。
精神的要素は、ウェルビーイング尺度などのポジティブ心理学的評価に基づき、認知行動療法や、コーチング心理学を活用したポジティブ介入を行っている。
社会的要素は、職場・学校・地域での生活環境や健康リテラシーの向上につながる各種セミナーやワークショップの開催、健康マスター検定制度の活用などに努めている。
以上、当院のポジティブヘルスドックについて概説した。

奥田逸子
CT・MRI解析による日本人の顔面加齢性変化
抗加齢・美容医学への人々の関心度は高く、様々なアンチエイジングアプローチが行われている。現在、革新的なコンピュータ進歩の恩恵である多列CT装置や高磁場MRI装置などが医療現場に導入され、画像解析装置であるワークステーションが一般的に用いられており、抗加齢・美容医学領域においても様々な画像解析が行われるようになった。CTは多くの画像情報を含み、体表だけでなく体内構造部を詳細に観察できる。MRIは高い組織分解能を有する利点がある。画像診断・解析装置を活用することで、顔面構造の詳細な解剖学的情報が得られ、加齢性変化を非侵襲的に把握することができる。
眼瞼の加齢兆候に対する美容手術への日本人の要望は高い。日本の美容・形成外科医にとっても、眼瞼の美容外科的手術は最も関心の高い手術である。自然で調和のとれた施術をするためには、加齢による解剖学的変化を理解することが必要である。顔面加齢は皮膚老化だけでなく、表情筋、Superficial musculoaponeurotic system (SMAS)、脂肪織、顔面骨などの解剖学的構造物の変化が関与する。加齢に伴い、表情筋は菲薄化する。顔面骨には骨吸収による形態変化が生じる。とくに、眼窩、梨状孔、上顎骨、下顎骨など特定の部位に骨吸収が起こりやすいと言われている。しかし、これまでの報告は主に西洋人である。彫りの深い西洋人に生じる加齢性変化が、比較的平坦な顔の日本人にも当てはまるか否かの検討は充分に行われていない。
本講演では、若年から老年のCT・MRIを用い、日本人の加齢性変化の特徴を概説する。さらに、これらの変化が容貌に及ぼす影響について解説する。

衛藤明子
眼瞼・眉毛計測ソフトを用いた日本人の上顔面加齢変化と治療戦略
見た目の加齢性変化は日本人(東洋人)では特に上顔面で顕著であり、上眼瞼の下垂や眉毛挙上、前額部のしわといった容貌の変化が特徴的である。加齢に伴う退行性眼瞼下垂症では、更にその傾向が強くなり、視機能障害などの症状が出現する。
われわれは、2014年に眉毛眼瞼計測ソフトを開発し、正面視での角膜と上眼瞼との位置関係、眉毛位置を測定し、加齢に伴う眼瞼下垂が容貌に及ぼす影響や眼瞼下垂症手術の効果について研究してきた。
退行性眼瞼下垂症に対し、挙筋前転術が一般的に行われる。眼瞼下垂症の治療では機能面のみでなく整容的にも満足な結果が求められるが、眼瞼の高さは1ミリの変化でも表情が変わり、左右差や後戻り、過矯正を訴える原因となる。術中に正確に術後の状態を正確に予想するのは困難で、術中の前転量と術後結果との関連については諸説あり統一された見解には至っていない。
われわれは退行性眼瞼下垂に対し挙筋前転術を行った患者を対象に、術前術後の上眼瞼位置と眉毛位置の変化を測定し、また術後上眼瞼位置と、年齢、挙筋機能、挙筋腱膜の位置、腱膜前転量、腱膜固定位置、術前上眼瞼位置、術中上眼瞼位置との相関について統計学的解析を行い、術後結果に影響する要因を解析した。その結果を踏まえ、術中にできるだけ正確に術後の結果を推測し良好な手術結果を得るために行っている取り組みについて述べる。

吉村浩太郎
美容皮膚治療のための再生医療ツール
美容皮膚についての効能はエビデンスに乏しいものが多いが、幹細胞やPRPなど再生医療のアプローチを利用した治療の試みが増えている。細胞加工品の場合は、再生医療等安全性確保法によって規制されている。侵襲の小さい脂肪組織に由来する様々な再生医療ツールが利用されており、ものによっては他家由来の製品も利用可能である。理論と実際について紹介する。

船坂陽子
光老化のメカニズムと治療戦略
慢性の紫外線曝露により光老化が生じる。光老化皮膚の臨床的特徴としてはシミ(老人性色素斑)、シワ、乾燥、毛細血管拡張があげられる。組織学的特徴としては不規則な色素沈着と真皮コラーゲンの減少、弾性線維の変性、真皮グリコサミノグリカンおよびプロテオグリカンの変化、そして毛細血管拡張が見られる。コラーゲンは皮膚に強靭さや張力に対する機械的強度を、弾性線維は柔軟性と可塑性をもたらす。光老化は、紫外線の細胞DNAへの直接的な損傷,および酸化ストレスを介したDNAや蛋白、糖、脂質への傷害の結果生じるものと考えられる。
 光老化への対策としては予防としてサンスクリーン剤外用、抗酸化剤の内服が、そして治療としてはシミに対しては美白剤の内服、外用、レチノイドの外用、ケミカルピーリング、レーザー治療やIntense Pulsed Light(以下IPL)などの光治療があげられる。シワに対しては抗シワ化粧品(角層の乾燥に基づく小ジワや真皮の膠原線維や弾性線維の状態を改善させる効能などを持つ)、シミと同様にレチノイドの外用、ケミカルピーリング、レーザー治療やIntense Pulsed Light(以下IPL)などの光治療、そしてラジオ波、温熱刺激、高密度焦点式超音波治療法(High Intensity Focused Ultrasound, HIFU)、注入療法、ボツリヌス毒素注射、再生医療などがあげられる。レチノイド外用、ケミカルピーリング、IPLはシミ、シワ両者に効果があり、皮膚のきめ、小ジワ、薄いシミなど光老化皮膚全般を改善させたい時、すなわち皮膚の若返り(skin rejuvenation)を求める場合によく用いられる。本講演ではこれら治療戦略について概説する。

河野太郎
顔面の老化と機器による治療戦略
多くの医療機器が顔面の若返り治療に使用され、医療承認を受ける機器も多い。レーザーと高周波、超音波は代表的な若返り治療の機器であるが、その特性は大きく異なる。レーザーと高周波は電磁波の一種である。電磁波は、波長の短いほうから、ガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、ラジオ波、長波である。レーザーや光治療で用いられる波長帯は主に可視光から赤外線領域である。シミ治療には可視光領域のレーザー、リサーフェイシング治療には近赤外線領域のフラクショナルレーザーが有用である。高周波は、それよりもずっと長い波長であり、通常は波長よりも周波数で表記される電磁波である。高周波は、色素非依存性で、組織の電気抵抗に応じて熱を産生する。電磁波や超音波は幅広く、母斑・血管腫治療やアンチエイジング治療に応用されている。多汗症治療で使用するマイクロ波治療機のマイクロ波は高周波よりもさらに波長の長い電磁波の一種である。一方、超音波は電磁波ではなく、媒質が無いと伝搬しない。超音波は、媒質の振動を一点に集めることで、高いエネルギーが得られる。超音波も色素非依存性である。エネルギーの発生するメカニズムと伝わり方が、レーザー、高周波、超音波で異なる。また、組織構成の違いで、それぞれの生体反応が変化するため、各医療機器の特性を理解することが重要である。

古山登隆
老化のメカニズムと治療戦略
形態学的加齢現象に関して様々な方面から解析が進み、それに合わせた治療法もまた、多角的に開発されている。
形態学的加齢現象の本質は各組織の萎縮であり、それに伴う下垂である。その治療戦略は多岐にわたるが、それぞれの手技が発展する中で、様々な問題が生じているのも事実である。
今回、老化のメカニズムと患者満足度を向上させる治療戦略について述べたい。

濵﨑洋子
高齢者のT細胞応答の特性とワクチン効果
T細胞は、ウイルス感染細胞やがん細胞を殺傷する免疫応答の中心を担う重要な免疫細胞である。しかし、その産生臓器「胸腺」は、思春期をピークとして以降は脂肪に覆われながら小さくなり、機能低下をきたす。このため、T細胞は体内で長く維持される必要があり、免疫担当細胞の中で最も大きく加齢の影響を受けるとされる。本講演では、最近我々が行っている新型コロナワクチン後の免疫応答性を成人群と高齢者群で比較した最近の研究結果などを紹介しながら、高齢者におけるT細胞応答の特性とその意義について議論したい。

山下政克
老化に伴うT細胞自然免疫機能の獲得と疾患制御
T細胞老化は、獲得免疫機能の低下を引き起こし、加齢関連疾患増加の一因となると考えられている。一方で、一部の老化CD8 T細胞は、自然免疫機能を獲得しすることで生体防御を行うことも報告されており、老化T細胞の生理・病態生理的役割は確定していない。また、老化T細胞老化の自然免疫機能獲得の分子機構についても不明な点が多い。
今回、私たちは、マウスにおいてIL-12/IL-18刺激依存的に細胞傷害活性を発揮し、抗腫瘍免疫応答を担う自然免疫CD8 T細胞が加齢とともに増加することを見出した。その後の解析から、転写調節因子Bach2の発現低下がCD8 T細胞自然免疫応答と密接に関連していることがわかってきた。Bach2レポーターマウスでの解析の結果、Bach2発現が低下したT細胞は、加齢とともに増加すること、肺や皮膚などの外界と接している臓器・組織において増加が特に顕著であることが明らかとなった。さらに、T細胞特異的Bach2欠損(Bach2-TKO)マウスから単離したCD8 T細胞は、IL-12/IL-18受容体発現が上昇しており、in vitroでIL-12/IL-18刺激することで野生型CD8 T細胞に比べ、腫瘍に対し高い細胞傷害活性を示した。一方で、Bach2を高発現させたCD8 T細胞では、IL-12/IL-18依存的な細胞傷害活性が低下していた。また、担がんマウスモデルでの検討の結果、Bach2 T-KOマウスでは野生型マウスに比べ、抗腫瘍活性が著しく亢進していた。これらの結果は、T細胞Bach2の発現低下が、加齢に伴うT細胞自然免疫機能の獲得を制御していること、T細胞自然免疫応答が高齢マウスにおける生体防御に関わっていることを示している。しかし、T細胞が抗原非特異的に活性化することは加齢に伴う炎症性疾患の増加にもつながりうることから、T細胞自然免疫応答の生理・病態生理的役割については、今後さらなる解析が必要である。

井上聡
がん免疫と骨免疫に関わる新しい因子 EBAG9
我々はゲノム上のエストロゲン受容体が結合する部位を単離することによりエストロゲン応答遺伝子 EBAG9を同定し、エストロゲンに関連する乳がんをはじめとする各種がんで高発現し、予後不良因子となることを明らかにしてきた。そのメカニズムはがん細胞で発現したEBAG9タンパク質が細胞外小胞等を介してT細胞に直接働き、腫瘍免疫寛容を誘導することであることを解明している。さらにEBAG9の生理的な役割の理解に向け、EBAG9のノックアウトマウスを作成し、特に骨における表現型の解析を解析した。Ebag9欠損マウスの大腿骨において野生型マウスの骨と比較し骨量の減少および力学的強度の低下を認め、骨形態計測において、Ebag9欠損マウスにおける骨形成が低下していた。また、Ebag9欠損マウスの血 清において、骨形成マーカー(PINP)の低下と骨吸収マーカー(CTX-I)の上昇を認めた。さらに、EBAG9の結合蛋白質としてオートファジー関連蛋白質TM9SF1を同定しており、オートファジーの骨形成促進作用が知られていることから、EBAG9の骨形成促進作用がオートファジーを介していること、またEBAG9が骨免疫を介して骨量の維持に役立っていることを明らかにした。以上、生体と病態で免疫に関わるEBAG9は、疾患制御と骨粗鬆症をはじめとする領域のアンチエイジングの標的になりうることが示唆された。

北村義浩
コロナパンデミックを総括する
2020年1月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が報告され、世界的大流行になり、わが国でも3千万人超が感染し6万人以上が犠牲となった。2023年3月現在、日本は計8つの流行波を経験した。これまで流行波が繰り返されるたびに、だんだん大きな流行波となってきている。その一方で、重症者数は減少し致死率は低下した。ところが、死者数は波を追う毎に増大している。オミクロン変異株登場前後で死亡者が1万8千人から4万3千人(2.7倍)に増えた。つまり、社会にとって脅威度が高まっている。ところが「致死率」で測ると、個人にとっての危険度はだんだん低くなった。現在は、個人と社会にとっての脅威度が矛盾している。パンデミックに応じ、国は公衆衛生的手法でまん延から「社会を守る」ことと医療ケアで「個人を守る」ことの両立が求められる。前述のように、個人と社会にとっての脅威度が大きく相反する状況で、現在、対策は模索状態である。いくつかの問題点も明らかになった。政府危機管理は不十分だった。パンデミック初期には、安倍首相、西村新型コロナウイルス感染症対策担当大臣、加藤厚生労働大臣、尾身茂会長、などバラバラに国民に向け発信した。国民が混乱したひとつの原因と言える。平時の法律である感染症法をパンデミック対応に敷衍することには無理があったし、有事の法律である新型インフル特措法は、あまりに貧弱だった。この不適切リスクコミュニケーションや不十分な法整備だけでなく、保健所機能の破綻などパンデミック時の不適切な危機管理を総括して,将来のパンデミックに対する公衆衛生的準備につなげるべきである。医療ケアについても、需給バランスが崩れた時期もあった。そもそも高齢少子社会の疾病構造に応じて慢性疾患のケアに特化した日本医療システムはパンデミックには対応できないのは明白だった。パンデミックにもタイムリーに対応を変化させることができる医療システムの構築も求められる。我我はこのパンデミックを総括して将来に備えるべきである。

山本卓
ゲノム編集技術の開発の歴史と現状
ゲノム編集は、ゲノムDNA中の標的遺伝子を塩基配列特異的に切断し、修復過程において自在に改変するバイオテクノロジーである。DNAの二本鎖切断(DSB)には、タンパク質型ゲノム編集ツールであるZFNやTALEN、RNA誘導型ツールのCRISPRシステムが利用されている。中でもCRISPR-Cas9は簡便で高効率に改変できることから、2012年以降世界中の研究者に広がった。2020年にはCRISPR-Cas9を開発したジェニファー・ダウドナ博士とエマニュエル・シャルペンティエ博士には、ノーベル化学賞が授与されている。原理的に全ての生物でこの技術を利用することが可能であることから、品種改良から疾患治療まで多くの分野でゲノム編集を利用した技術開発が進められている。
 ゲノム編集を利用した治療は、生体内(in vivo)治療と生体外(ex vivo)治療に分けられ、海外を中心に既に臨床研究が開始されている。CRISPR-Cas9を利用した治療が進む一方で、新しい技術(塩基編集やプライム編集)が開発され、これらの技術も加えて、遺伝性疾患のモデル細胞を網羅的に作成するプロジェクトがNIHを中心に昨年開始した。本講演では、ゲノム編集の基本原理と最近の技術開発動向、疾患治療での利用例について紹介する。また、筆者が開発してきた第二世代のプラチナTALENや新しい切断ドメイン(ND1)を利用したジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZF-ND1)の治療分野での可能性について解説する。

畑田出穂
CRISPR/Cas9 を応用したエピゲノム編集
次世代シーケンサーによる網羅的エピゲノム解析により、特定の表現型の変化がもたらすエピゲノムの変化に関する情報が集積してきている。その結果、表現型→エピゲノム方向の研究が進展した。一方、エピゲノムの変化がどのような表現型をもたらすかという逆方向:エピゲノム→表現型の研究も行う必要がある。なぜなら表現型の変化とともに変化するエピゲノムは多くのゲノム領域におよんでおり、その中から表現型に関与するものを特定する必要があるからである。すなわち、特定のエピゲノムを人工的にさせて表現型を再現することができれば、そのエピゲノム変化が表現型に関与すると結論することができる。
我々はCRISPR/Cas9法とエピゲノム因子を結び付け、特定の遺伝子のエピゲノム(DNAメチル化)を操作する方法(エピゲノム編集法)を開発した。この方法では(1)ガイドRNAと複合体を形成し標的遺伝子に特異的に結合するdCas9にエピトープを複数つなげた融合蛋白と、(2)(1)のエピトープを認識するミニ抗体とエピゲノム因子の融合蛋白の組み合わせで、標的に複数のエピゲノム因子をリクルートすることにより、特定遺伝子のエピゲノムを効率的に改変する。この方法を用いてマウスで特定の領域のメチル化変化を誘導することによりSilver-Russell症候群、Beckwith-Wiedemann症候群などのエピゲノム疾患の表現型を再現することに成功したので報告する。
DNAメチルの変化は生物学的年齢を推定する時計として用いることができることが知られており、エピゲノム編集法が抗加齢医学研究の発展に寄与できると考える。

江面浩
ゲノム編集技術によるトマトの機能性向上
ゲノム編集技術は,農作物の迅速改良技術として期待され,利便性や効率の点からCRISPR/Cas9技術が注目されている.2020年12月11日,本技術で開発されたGABA(γ-アミノ酪酸)を高蓄積した機能性トマトの国への届出が完了した.大学発ベンチャー企業により,2021年5月12日に家庭菜園用苗として栽培モニターへの無償提供,同年9月15日には青果のオンライン販売が始まった.CRISPR/Cas9技術で開発した農作物としては,世界初の上市となり,世界にインパクトを与えている.本講演では,GABA高蓄積トマトを事例にゲノム編集技術による農作物の機能性向上とその社会実装を紹介する.GABAは,ヒトや動物に対する血圧の抑制作用やリラックス効果が知られていることから,食品の機能性成分として近年利用が進んでいる.我々は,トマトのGABA蓄積の分子機構を研究し,トマト果実へのGABA蓄積の鍵遺伝子を明らかにし, この遺伝子の自己抑制ドメイン(AID)をコードする領域を削除した遺伝子を果実特異的プロモーターを使って過剰発現することでトマト果実にGABAを高蓄積する技術を開発した.更に,CRISPR/Cas9技術を利用し実験用トマト品種において,内生の鍵遺伝子のAIDドメインをコードする塩基配列の直前に終始コドン変異を導入することでGABA高蓄積化できることも検証した.さらに当該技術の社会実装を進めるため,大学発ベンチャーを2018年に設立し,社会実装の最前線に携わっている.実際の開発では同社が有するトマト品種シシリアンルージュの親系統のGABA高蓄積化を行った.続いて,国への届出に必要な実験データや情報収集を行い,厚生労働省,農林水産省に事前相談を1年間に渡って行い,2020年12月11日に両省への届出を完了し,上市が可能になった.2022年11月には機能性表示が可能になり,2023年3月には店舗販売を開始した.ゲノム編集は,農作物の機能性をピンポイントで改良する有効な技術である.

亀山祐美
画像AIによる認知症診断
【目的】認知症が進行すると老けて見える。我々は、見た目年齢が暦年齢よりも認知機能と有意に強い相関を示すことを報告した1)。人の見る目よりも性能が良いだろうAIを使うことで、認知症か認知機能正常かどうか判別できるか検討を行った。
【方式】認知機能低下を示す群(121名)と正常群(117名)の顔写真で認知機能低下を弁別ができるかどうか、Deep Learningを用いて解析した。
【結果】XceptionというAIモデルは、感度87.3%、特異度94.6%、正答率92.6%と高い弁別能を示すことができた。AIモデルが算出するスコアは、年齢よりも認知機能のスコアに有意に強い相関を示した。AIが顔のどの部分で判別しているのか、顔を上下で分けて解析したところ、どちらも良い成績だったが、顔の下半分のほうが少し良い成績を示した2)。
【結論】さらに精度の高いAIモデルを作成すべく全国の認知症診療科に協力してもらい、認知機能検査と顔写真を集めているところである。10名の老年病科専門医と心理師が判定した見た目年齢や上記の1万枚程度の写真を集めてより良いAIモデルの作成するには時間もかかるため、既存の「顔年齢」AIソフト(Microsoft azure face API; AI azure)によるAI顔年齢が認知機能(MMSE)を反映しているか解析したが、反映しない結果となった。AI azureは74歳までしか判定できないためか、日本人高齢者の顔年齢評価には不十分であった可能性がある。やはり、日本人の顔でのスクリーニングは、日本国内でアルゴリズムを築くしかないと思われる。顔写真を用いて認知機能低下を予測することができると、医療機関への受診を促すきっかけになったり、将来的に、医療過疎地での認知症スクリーニングや、認知症発症や悪化の予防、治療薬開始につながることも期待できる。
 本研究の他、認知症脳画像のAI解析についても発表する。
1)Umeda-Kameyama Y, Kameyama M, et.al., Geriatr Gerontol Int.; 20: 779-784, 2020.
2)Umeda-Kameyama Y, Kameyama M, et.al., Aging (Albany NY); 13

武田朱公
アイトラッキング式認知機能評価法の社会実装に向けた医療機器プログラム開発と海外展開
 認知症に対する初期アセスメントにおいて、簡易認知機能検査による認知機能の定量的評価が重要であるが、問診式の検査に伴う被検者の心理的ストレスや時間的な負担が大きいことが課題として指摘されている。また、問診検査の実施手順や採点基準を厳密に統一することが現実的には難しく、スコアの妥当性や再現性に影響を与える可能性がある。これらの課題を解決する手法として、演者らはアイトラッキング技術を利用した新しい認知機能評価法の開発とその実用化を進めてきた。
 本法は約3分のタスク映像を眺める被検者の視線をアイトラッキング法で記録し、視線位置情報の解析から認知機能を定量評価するシステムであり、従来のMMSEスコアと高い相関を示すことが示されている。測定機器と被検者の関係のみで成立する検査であるため、検査者によるバラつきが原理上生じない。短時間の検査で被検者は口頭で回答する必要が無いため、心理的ストレスが軽減される。関心領域に対する注視率をもとにスコアを算出するため、迷いの程度を反映した中間点が入る点にも特徴がある。
 また、汎用性の向上を目指し、画像AI解析をベースとしたアイトラッキング技術を利用することで一般的なスマート端末で本法を実施することを可能とした。これを基盤シーズとして大阪大学発ベンチャーのアイ・ブレインサイエンス社を設立し(JST大学発新産業創出プログラムSTARTにより支援)、本法の医療機器プログラムとしての開発を進めている。さらには、本法の言語依存性の低さと簡便性・汎用性を生かし、積極的な海外展開を進めている。本演題では、次世代型認知機能評価法としてのアイトラッキング式認知機能検査の研究開発、社会実装、将来展望について概説したい。

山下徹
AIなど新たな技術を活用した神経内科診療
超高齢化社会を迎えた日本では、これまで以上にパーキンソン病やアルツハイマー型認知症患者を診療する機会が増加してきている。加えてパーキンソン病では深部脳刺激療法(DBS)や収束超音波治療(FUS)が実診療で行われ、アルツハイマー型認知症ではアミロイドβを標的とする抗体療法が現実的になってきていることから、治療の選択肢が大幅に増えてきている。このような背景の中で、比較的初期のパーキンソン病や認知症患者をなるべく簡便な方法で拾い上げ初期治療に結びつけることができる簡易スクリーニング検査の需要がこれまで以上に大きくなってきている。
当科ではAIを用いたパーキンソン病患者や認知症患者の見た目年齢と感情の評価に取り組んできた。 このようなAI顔解析は評価に要する時間が短く、かつ言語や聴力に依存せずに評価できるなど長所が多いことも分かってきた。また非侵襲的な光干渉断層撮影(OCT)検査を用いた網膜アミロイドの検出など多様な手法を用いて新たなスクリーニング技術も確立しつつある。本シンポジウムでは最新の知見をご紹介したい。

大山彦光
神経変性疾患における遠隔医療とデジタル技術
 神経変性疾患は加齢とともに有病率が増加する。診断や治療の専門性が高く、適切なマネジメントのためには専門医の関与が必要不可欠である。また、日々の症状の変動を的確に把握する必要がある。しかし、現状では専門医の偏在により専門医のアクセスは限られ、また、日々の症状を客観的に把握する手段が少ない。これらの問題を解決する方法として、医療における情報通信技術(ICT)の応用およびデジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が認識されつつある。
 専門医へのアクセスを改善するための手段の一つとして遠隔医療技術がある。新型コロナウイルスの流行をきっかけに、本邦でもオンライン診療が徐々に広がってきた。拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、混合現実(MR)技術といったクロスリアリティ(XR)技術によって遠隔医療技術の発展が期待でき、遠隔リハビリテーションなどへの応用が期待されている。
客観的に患者の状態を把握する方法の一つにウェアラブルデバイスがある。ウェアラブルデバイスによって24時間モニタリングを行うことで、診察時以外の在宅での状態を客観的かつ連続的に評価をすることができる。また、音声や表情をとらえるアプリによって、神経疾患の診断が可能になりつつある。これらのデジタルデバイスによって得られた膨大なビッグデータから、人工知能(AI)を用いた解析により、デジタルバイオマーカーの発見や、進行予測、診断・治療補助プログラムの開発につながる可能性が期待されている。
 本講演では、神経変性疾患における遠隔医療とデジタル技術の現状と将来展望を概説する。

大塚篤司
地域全体でのスキンケアがもたらすアンチエイジングでwell-beingな社会
近年、健康で美しい肌を維持することが、心身の健康と幸福感に大きく寄与する可能性が指摘されている。本講演では、地域コミュニティにおけるスキンケアの普及と、そのアンチエイジング効果によるwell-being向上について考察を深めたい。
まず、スキンケアがもたらすアンチエイジング効果について、最新の研究成果を紹介する。特に、保湿・抗酸化・紫外線防止などの基本的なスキンケアについて解説し、これらが皮膚の老化を防ぎ、ストレス軽減や自己肯定感向上に寄与する可能性について紹介したい。
次に、地域コミュニティにおけるスキンケアの普及方法について考えたい。地域住民がスキンケアに対する知識や技術を共有し合い、アクセスしやすい環境を整えるための具体的な施策について考案する。また、地域のスキンケア普及活動として、講習会や情報交換会の開催、スキンケアサポート施設の設置、地域資源を活用したスキンケアプログラムの開発などを提案する。
本講演を通して、地域全体でのスキンケア普及活動が、アンチエイジング効果を通じてwell-beingな社会を実現する可能性について考えていきたい。スキンケア普及活動を通じて地域コミュニティがより強固になることも期待され、地域全体でのスキンケアが持続可能なwell-being社会の実現に貢献することが期待される。

木阪智彦
バイオデザインが叶える未来のアンチエイジング医療
米国発祥のバイオデザインは、デザイン思考を取り入れた科学的手法である。インドは本手法を先駆的に取り入れ「リーンスタートアップを原動力にデジタル化を遂げた新興国型イノベーション」を社会実装し、国際的な躍進に繋げている。本邦の医療制度は受益者本位の稀有なものであり、レギュラトリーサイエンスが高い透明性のもと、これを支えている。さらに、産業界が擁するユニークな要素技術は、機器開発の活力の源泉である。発表者は、自らの失敗を含む経験をもとに「フルーガルイノベーション」について幾つかの事例を報告する。日本の技術力と信頼性を活かし、低廉でありながら現場ニーズ(=痛み)に応える機器が現場に届く未来を展望し、本学会が体現する進取の気風に賛同するとともに、その担い手としてアンチエイジング医療の発展に貢献される学会参加者の新しい視点と取り組みに期待する。

岸拓弥
アンチエイジングを軸とするコミュニティヘルスケアで目指す「住むだけで幸せな町」〜地方都市での取り組み〜
コミュニティヘルスケアとは、地域の人々の健康と福祉を向上させるために地域レベルで提供される医療・健康サービスのことで、一般的な病院診療だけでなく予防医療・健康教育・リハビリテーション・介護などが含まれ、地域社会のニーズに基づいて提供されルため地域住民が利用しやすく、健康増進や疾病予防に効果的であるとされていて、地域の医療資源を有効に活用し医療費の削減にもつながることが期待されている。そのシステムは地域の特性に応じて最適化していくことが重要であり、その地域の「他では体験できないwell-being」創出につながっていく。そのようなコミュニティヘルスケアにおけるアンチエイジングは、超高齢化社会の日本においてはいくつかの利点が考えられる。1つ目は、アンチエイジングによって、高齢者の健康と生活の質を改善することができるという点である。アンチエイジングには、栄養バランスの良い食事、適切な運動、ストレス管理、睡眠の改善、さらには抗酸化物質やサプリメントの摂取などが含まれ、これらの取り組みは、高齢者の認知症や慢性疾患の発症を遅らせることができるとされており、高齢者の生活の質を向上させることができます。2つ目は、アンチエイジングによって医療費の削減につながる可能性である。高齢者は慢性疾患や障害が多くなり、医療費が増える傾向にあるが、アンチエイジングによって健康を維持し疾患の発症を遅らせることができれば、医療費を削減することがで切る。3つ目は、アンチエイジングの取り組みを地域の住民に広め、情報を提供し、健康なライフスタイルを推進することで、地域全体の健康水準を向上させることができる。このような視点で、現在当院のある福岡県南西部の人口3万弱(ピーク次の半分)で大きな経済基盤もないコミュニティーにおいて、病院と医療系大学を中心として、大学生もヘルスケアプロバイダーとして活用しながら、アンチエイジングによるwell-beingを全ての住民が感じられるような取り組みを紹介する。

益崎裕章
ビッグデータ活用によるアンチエイジング社会実現 ~沖縄県における試み~
かつて世界に冠たる長寿地域として名を馳せた沖縄県は肥満症・糖尿病・脂肪性肝疾患の蔓延による健康長寿ブランドの急速な崩壊(沖縄クライシス)に見舞われており、厚労省による2020年都道府県別生命表では成人男性が43位、成人女性が16位と過去最悪の結果に到った。このような深刻な現状を踏まえ、かつてのようなアンチエイジング社会の復興を目指し、私達は沖縄県の中でも特に成人のメタボリック症候群・学童の耐糖能異常の頻度が高い離島、久米島を検証フィールドとして設定し、AIやIoT、IoB(ヒトとモノをつなぐインターネット)の活用に注目した行動変容プロジェクトや腸内フローラ・メタボローム解析による肥満症・糖尿病の発症リスク解析を行ってきた(内閣府 離島活性化振興事業:2017年~現在)。ひとの流入出が極めて少なく、均質化された生活環境で多世代にわたって暮らしてきた離島住民から得られるデータはバックグラウンドのノイズが少なく、精度が高いことが期待された。また、久米島の2020年時点での人口構成は20年後に日本全体の人口ピラミッドと極めて類似しており、20年後の日本の姿を予測するモデルとしての意義も期待された。行動変容プロジェクトではデジタルヘルスデバイスやスマホアプリから得られる体重、運動量、食事内容、睡眠の長さや質などの個人データをクラウド化し、AIが機械学習しながら解析し、個人にとってその時点で最適と考えられる健康改善アドバイスを繰り返すことにより、健康的な行動変容につながる可能性を検証した。また、腸内フローラ・メタボローム解析では健康を維持している肥満者と健康障害を伴う肥満者の二群間で増減する腸内細菌や血清メタボライトに明確な差異が観察され(Uema T, Masuzaki H et al. Scientific Reports 12:17292, 2022)、成果を医学会で提供するランチョンセミナー弁当のメニュー立案に活かすなどPrecision Nutrition のアプローチを展開している。

太田邦明
オーバービュー:ヒトの生殖機能にアンチエイジングは可能なのか?
晩婚化の現代において不妊治療はヒトのエイジングへ抗する術として確立されてきた。しかし、年間の出生数79万9728人という数字は国が2033年ごろに達する数字として見込まれていたものである。つまり、生殖機能に関しては10年もエイジングが加速化されたことを意味する。本セッションでは、本邦における生殖医療のスペシャリストを招聘し、各御講演により『生殖医機能の加齢について考える』を議論し、加速化された生殖機能のエイジングを食い止めるべく、新たなアンチエイジングを提唱する予定である。特に、小宮顕先生(亀田総合病院)には男性生殖機能の加齢について概説いただき、鍋田基生先生(つばきウィメンズクリニック)には本学会でも非常に関心が高いサプリメントによる生殖アンチエイジングを、小川誠司先生(仙台ARTクリニック)には保険適応となりいよいよ不妊症が病気と認知された現在における不妊治療がアンチエイジングとなりうるかを、そして甲賀かをり先生(千葉大学)からは日本における生殖機能の老化が引き起こす問題点をご講演していただく予定である。本講演では各演者の講演を拝聴する前に基本的な事項としての生殖機能の不可逆的な加齢についてオーバービューする予定である。

小宮顕
加齢と男性の生殖機能について
【目的】男性の生殖機能は他の身体機能と同様、加齢とともに低下する。不妊男性でも併存疾患の罹患率が高齢ほど高く、その治療により精液所見が改善することも報告されている。また、男性の生活習慣に関連した疾患が周産期予後に影響することや、男性の加齢が自閉症リスクとなることも指摘されている。そこで加齢と男性の生殖機能について検討した。【方式】当施設を受診したカップルの男性パートナーにおいて、年齢と男性生殖機能に影響しうる因子の関連性を検討した。【結果】対象は2806名(無精子症を除く)で平均36.4歳であった。加齢に伴い、精液量、精子運動率、精子前進運動率、総運動精子数、精子運動パラメータ(直線速度、曲線速度、頭部振幅、頭部振動数、平均速度)、SHIMスコア、性交回数が有意に低下していた。年齢と共にFSH値は上昇、総テストステロン値は低下し、精子DNA断片化率が上昇していた。さらに、中性脂肪やコレステロール値、血圧、Body Mass Indexが上昇し、不妊期間も延長していた。つまり、当施設の検討でも、加齢とともに男性の生殖機能の悪化を認め、併存症が多くなっていた。湯船に浸かる入浴習慣やデスクワーク中心の勤務といった因子を有する症例はより高齢であり、夜間勤務や密着した下着着用はより低年齢、喫煙やアルコール摂取は年齢に相違はなかったという様に生活習慣と年齢の関連は様々であった。これらの生活習慣修正指導により、精液所見は改善した。妊娠・生児獲得例は、男性パートナーの平均年齢が35.5歳(最高67歳)で、非生児獲得例に比べて有意に若年であった。体外受精実施例では、男性の年齢は平均38.6歳で、非実施例と比べて有意に高く、妊娠・生児獲得した男性の最高齢は58歳で、顕微授精を実施していた。
【結論】男性は高齢であっても生児を獲得できる可能性が残されている。しかしながら、精液所見や男性機能が悪化していくことにより、より高度の生殖補助医療が必要となり、併存症のリスクから健康上の問題も抱えている可能性もあることを念頭に診療に当たる必要がある。

鍋田基生
生殖機能におけるマイクロバイオームに関する新知見
【目的】近年、子宮内細菌叢と不妊症の関連性が注目されている。特にラクトバチルス占有率と妊娠成功率は大きく関連しており、反復着床不全(RIF)の症例において、ラクトバチルス属の占有率が90%以上である時、良好な妊娠成績が得られることが報告されている。しかし、凍結融解胚移植(FET)周期に対する子宮内細菌叢の影響に関する研究は豊富とは言えない。本研究では、FETにおける子宮内細菌叢と妊娠転帰の関連性について後方視的に検討した。
【対象と方法】2018年12月から2021年1月までに当院にてFETを実施し、臨床妊娠の成否が得られている802周期を対象とした。FET直前に子宮内腔液を採取し、次世代シークエンサーを用いて子宮内細菌叢検査を行った。解析は患者背景を考慮した上で、検査結果が得られており、FET成否が明らかな463周期を対象とし、ラクトバチルス属の占有率と妊娠転帰との関連性を検討した。
【結果】まず、全周期(802周期)をFET妊娠群(305周期)とFET非妊娠群(497周期)に分け、ラクトバチルス属の占有率を解析した。平均占有率は妊娠群70.2%と非妊娠群63.5%となり妊娠群で有意に高かった(p=0.007)。更にFET妊娠群とFET非妊娠群において患者背景の比較を行い、有意差が生じた年齢とCD138判定結果を考慮し、最終的に38歳未満でCD138陰性周期(463周期)を対象にラクトバチルス属の占有率を比較した。FET妊娠群(229周期)とFET非妊娠群(234周期)のラクトバチルス属の平均占有率は各々72.1%と61.1%であり、成功群で有意に高かった(p=0.003)。
【考察】本研究の解析結果より、ラクトバチルス属の占有率が高い子宮内細菌叢はよりFET周期においても妊娠しやすいと考えられ、子宮内細菌叢の改善は反復着床不全などの不妊症例を改善し、妊娠転帰に非常に重要だと示唆するものである。

小川誠司
高齢化する不妊治療患者を保険診療で結果を出すためには
現在、生殖補助医療による不妊治療の需要は高く、体外受精・顕微授精での出生児数は日本では年間約6万人を超えている。また晩婚・晩産化により治療を行なっている患者の約半数は40歳を超えており、女性年齢が35歳を超えると、治療成績は著しく低下する。その背景には、男女ともに加齢による妊孕性の低下が大きく関連し、特に女性の場合、年齢が上昇するにつれ、得られた胚の染色体異常の割合も増加傾向となり、妊孕性低下の主たる原因は卵子の質の低下にあると言われている。
2022年4月より不妊治療、特に生殖補助医療が保険適用となり、経済的なハードルが低くなったため、費用的に治療に入りづらかった若年患者が増加しつつあり、この層の患者では高い妊娠率が期待できる。一方で、これまで行われてきた手技・治療法が全て保険収載されたわけではなく、一部は先進医療となったものの、未だに保険適用となっていない治療・薬剤も存在し、保険適用外治療が必要な高齢患者や反復不成功患者においては、混合診療が認められていない日本では、全て自費診療とせざるを得ないのが現状である。
これまでの生殖補助医療は、例えば精液所見が悪い患者に対し、顕微授精により受精をサポートするといった根本的に治療して不妊症を治すというよりはむしろ、その名の通り、あくまでも“補う”ことが主な治療であった。しかし、高齢患者や反復不成功患者において、根本的な原因である卵子や精子の質を改善させることは極めて重要であり、実際、精液中の酸化ストレスが高い患者に男性用抗酸化サプリメントを摂取させることにより、酸化ストレスは低下し、精液所見、さらには妊娠成績も向上するとの報告もある。プレコンセプションケアの一環として、積極的に漢方やサプリメント等を利用し、体質改善への取り組みを行いながら生殖補助医療を実施し、いかに患者負担を大きくすることなく制限のある保険診療内で高い妊娠成績を維持するかが今後の不妊治療の鍵であると考えられる。

甲賀かをり
晩婚・未産が多い日本の女性の老化を考える
 内閣府等のデータによると、1950年では女性の平均初婚年齢が23歳、第三子出産平均年齢が29歳だったのが、2021年では同初婚年齢が29.6歳、第一子出産平均年齢が30.9歳となった。すなわちこの約70年間で、平均的な30歳の女性の背景が、3経産婦から未産婦に変化したことになる。初産・経産問わず出産年齢で見ると、2019年で40歳以上の出産が出産全体の5.9%、35歳から39歳の出産が全体の23.2%を占め、35歳以上の出産が出産全体の約3割を占めていることになる。
 一方、未婚率のデータを見てみると、女性の生涯未婚率1920年では1.80%、2000年5.82%、2020年17.8%となっている。また平均寿命は2019年で男性81.41歳、女性87.45歳、健康寿命は男性72.58歳、女性75.38歳である。月経についてはHosokawaらの報告によると、日本人女性の平均初経年齢は1930年台生まれで13.8歳だったのが1980年台生まれで12.2歳に若年化している。閉経については大規模に経時的変化を追った本邦の研究は乏しいが、諸外国の調査から最近の女性の平均年齢は約50.9歳と報告されている。

これらの統計に関連して昨今の日本女性の生殖期・更年期・老年期において「老化」という観点から問題点をまとめると以下のようなことが挙げられる。本講演ではこれらについて論じたい。
1 初経から妊娠希望までの年数増加(=月経回数増加)による月経に関する諸問題
2 妊娠希望の高年齢化による不妊症の増加とその時点での子宮頸癌等の罹患率の増加
3 妊娠の高年齢化による妊娠合併症の増加
4 出産後(挙児断念後)から閉経までの月経に関する諸問題
5 閉経から死亡までの健康の問題

黒尾誠
食とアンチエイジング
これまでの老化研究は、種を超えて保存されている老化のメカニズムの研究と細胞老化の研究が中心であった。その結果、適度なカロリー制限が老化を抑制することや、老化細胞の蓄積が個体老化を加速することが明らかとなり、カロリー制限模倣薬やセノリティック薬の開発が注目を集めている。しかし、老化の進行過程は各々の種の生物学的特徴や生活環境によって大きく異なるのも事実であり、これからの老化研究は種特異的な老化のメカニズムにも目を向ける必要がある。我々は、現代を生きる人類に特有な老化加速因子として「リン」を同定した。これは、リン恒常性の破綻が早老症の原因になることを見出したのがきっかけとなっている。さらに我々は、リン過剰摂取が腎臓の老化を加速することを見出し、その分子機構を解明した。現代の食生活は明らかにリンの摂り過ぎである。必要量の数倍のリンを食品から摂取している上、食品添加物から知らないうちに大量のリンを摂取している。したがって、リン摂取量を減らすには、まずリンを含む食品添加物を避け、さらにリン含有量の多い食品の摂取を減らす必要がある。ただし、食品中のリン含有量は蛋白含有量に比例するので、蛋白摂取が不足しないようにリン制限をする必要がある。植物性食品(大豆など)に含まれるリンは動物性食品(肉や乳製品)に含まれるリンよりも消化管からの吸収率が低いので、蛋白源を動物性から植物性へ置き換えれば、蛋白摂取を減らさずにリン摂取を減らすことが可能である。我々は最近、この「蛋白制限なきリン制限」によって腎老化の抑制が期待できる対象者を同定する臨床検査法を確立した。さらに、この「腎検診」を定期的に実施し、その結果に基づいてリン制限の強度を調節するサイクルを繰り返すことで、各個人に必要かつ十分なリン制限の処方へと収束させるアルゴリズムを提唱している。このアルゴリズムの有用性が臨床試験で確認されれば、食事療法で腎老化や慢性腎臓病の進行を抑制する個別化医療を提供できるものと期待される。

竹内正義
Toxic AGEs (TAGE) と健康
【背景・目的】砂糖やHFCSを多く含む飲食品の習慣的摂取は、生活習慣病 (LSRD) の発症・進展の原因の一つとされている。近年、LSRDの原因物質としてAGEsが注目されており、AGEsの影響を抑えることがLSRDの予防や治療に貢献できると考えられるが、AGEsは様々な構造のものが存在し、LSRDの原因となるAGEsの絞り込みは困難を極めている。演者らは糖代謝中間体のglyceraldehyde (GA) に由来するGA-AGEsの細胞内蓄積が、様々な細胞に障害を及ぼしてLSRDの発症・進展に直接関与していることを明らかにし、toxic AGEs (TAGE)という概念を提唱している。本講演では、LSRDの新規ターゲットTAGEの研究概要ならびにTAGEの蓄積を防ぐ食生活の戦略について紹介する。
【結果・考察】1)細胞障害因子としてのTAGE:糖類及び食事性AGEs (dAGEs) の習慣的な過剰摂取は、糖代謝経路の亢進をまねいて細胞内GAが過剰に産生される結果、細胞内蛋白質と結合してTAGEを生成・蓄積し、各種細胞障害を引き起こすことが明らかになってきている。一方、細胞外TAGEはAGEs受容体のRAGEに結合して細胞内酸化ストレスの上昇をきたすことが示されている。2)LSRD予測マーカーとしてのTAGE:各種細胞障害に伴って誘引される血中TAGEレベルの上昇は、糖尿病及び非糖尿病を問わず、未病も含めたLSRDの発症・進展の予防や早期診断、治療の有効性を評価する有用な新規バイオマーカーになり得ることが示されている。すなわち、血中TAGEレベルの把握により将来的な病気の発症・進展予測が早期に可能となって、LSRDの予防や健康寿命の延伸に貢献できることが期待される。
【結論】TAGEは現代の食生活の特徴であるHFCSや砂糖、dAGEsの習慣的な摂取が原因で体内に蓄積し、LSRDの発症・進展に関与していることから、「TAGEはLSRDの新規ターゲット」であることが明らかになってきた。従って、TAGEの蓄積を抑えることが、“LSRD予防及び健康寿命延伸の新たな概念”を提示するものと思われる (Diabetol Metab Syndr 2020, 12: 105; Biomolecules 2021, 11: 387; Cells 2022, 11: 2178)。

水野隆文
サルコペニアの病態にビタミンDが及ぼす影響 -ヒトにおける縦断的研究およびノックアウトマウスを用いた基礎研究-
目的
ビタミンDは筋骨格系機能維持に必須の栄養素であるが、サルコペニアとの関係やビタミンD活性のメカニズムや標的も解明されていない。疫学・基礎研究により、成熟骨格筋におけるビタミンDの役割とサルコペニアとの関係を明らかにすること。
方法
疫学研究は、国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)の第5次と7次調査の両方に参加した中高年地域住民1653人を対象とした。参加者をビタミンD欠乏群(血清25-OHD 20ng/mL未満)と非欠乏群(20ng/mL以上)の2群に分類し、背景因子(年齢、性、身長、体重、合併症、喫煙者、アルコール摂取、エネルギー摂取、ビタミンD摂取、1日の歩数、身体活動量、季節、サルコペニア)について傾向スコアマッチングを実施し、2群における4年間での筋力と筋量の変化及びサルコペニア発生率を比較した。基礎研究は、成熟筋繊維特異的にビタミンD受容体(VDR)をノックアウトしたMyf6CreERT2 VDR-floxed (VdrmcKO) マウスを作成し、8週齢マウスにタモキシフェンを注射後、16週齢の各種表現型の解析を行った。
結果
4年間での握力低下は、ビタミンD欠乏群(-1.55±2.47kg)は非欠乏群(-1.13±2.47kg;p=0.019)より有意に大きかった。骨格筋量減少は、欠乏群(-0.05±0.79kg)と非欠乏群(-0.01±0.74kg)の間で有意差はなかった。サルコペニア新規発生率は欠乏群で有意に高かった(15例 vs 5例;p=0.039)。VdrmcKOマウスの骨格筋表現型解析では、筋重量、筋線維割合、筋線維断面積に有意差は認めないが、前肢および四肢の筋力は共にVdrmcKOマウスで有意に低下した(すべてp<0.05)。発現プロファイリングにより、VdrmcKOマウスでは、筋小胞体Ca2+-ATPase (SERCA) 1 (p=0.019) とSERCA2a (p=0.049) 遺伝子の発現が著しく低下していたが、一方、SERCA2bとmyoregulin遺伝子の発現には変化がなかった。
結論
ビタミンD欠乏は筋力に影響を与え、サルコペニアの発症に寄与する可能性がある。ビタミンD-VDRシグナルは、成熟筋繊維の筋肉量には影響しないが、筋力には影響を与える。

宮田恵
抗加齢生活と野菜
人類は植物を食として、時には薬として体内に取り入れ生存してきた。健康長寿の実現のために野菜は必須の食材である。
1. 解明されてきた食と健康のメカニズム
野菜の機能性成分による生体防御系の活性化、受容体を介した細胞機能活性化(細胞膜受容体、核内受容体)の研究が進んでいる。また抗酸化、抗炎症、腸内環境、免疫、解毒、オートファジーに関与しているとされ、抗加齢のためには野菜摂取量だけでなく栄養機能性成分(質)を重視すべきである。
2,抗加齢に役立つ野菜を選択し、日々の食事に取り入れる生活力
抗加齢に役立つ野菜とは、期待される成分を十分に含有し、健康に影響を及ぼすおそれのある成分は極力含まない野菜といえる。野菜の価格は品質や成分を反映していない。生活者の選択指標になり得る、有機農産物、機能性表示食品(生鮮食品)、一部企業で提示している野菜品質評価指標、中身成分分析などを活用して、知識を得ながら食経験を積んでいく必要がある。近年、種苗会社から機能性成分が豊富なファイトリッチ野菜が開発販売されている。農薬、施肥、硝酸体窒素、シュウ酸などに対して生活者の抱くネガティブな感情が、時として野菜の選択を誤らせる。中食、外食の栄養機能性成分の減衰は無視できず、食材調達や自炊できる生活力、加えて経済的な問題が健康に影響する。すべての世代に食育が必要である。
3,人生100年時代、生きる社会を食から考える
サプリメントや機能性表示食品など、健康増進機能を付加価値にした製品の市場は拡大しているが、効能が過大評価されている印象が否めない。一方で野菜と健康についての関わりの解明は難しく、その基礎研究の多くは農学系が担っている。世界情勢や気象異常が生活に影響している現実を目の当たりにし、食料自給率40%未満の日本において、「生産して食べて健康に生きていく」社会の実現のために、医歯薬農の分野間の垣根を超えた協働を期待している。

清水邦義
機能性食品における認知症予防の新知見~機能性キノコ・ヤマブシタケ子実体に含有される多機能性成分ヘリセノン類に着目して~
【目的】サンゴハリタケ科サンゴハリタケ属に属する食用きのこ、ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)(図)は、臨床において認知機能を改善したことが報告されている。本メカニズムは、ヤマブシタケ特有の化合物であるヘリセノン類(図)の脳内NGF量を増やすことに関連すると主に考えられている。本素材の認知機能改善に関するポテンシャルならびに機能性表示食品への展開における留意点等について紹介する。特に、キノコの場合の子実体形成段階における機能性に寄与する成分変動や、生体内代謝物の寄与等についての知見について示す。
【方式】ヤマブシタケの菌糸体から子実体形成の各段階におけるヘリセノン類の含量をHPLCにより分析するとともに、予想される生体内代謝物の構造について検討し、別途調製した予想代謝物(脱アシル体)の機能性評価を行った。
【結果】ヘリセノン類は特定の成長段階にて成分含量が増大し、その後、減少することが示された。さらに、生体内主要代謝物として、脱アシル体の存在が示唆された。Caco-2細胞におけるBDNF増強効果を検討したところ、脱アシル体が高い活性を有することが示された。
【結論】キノコの場合は、栽培条件や成長段階により機能性成分がダイナミックに変化する。本知見に加えて、真の生体内活性成分の構造的知見を加味した品質管理法開発の重要性に留意しなければならない。

小川純人
フレイル・サルコペニア対策における認知症予防
高齢者のフレイルは「高齢期に生理的予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡等の転帰に陥りやすい状態」と理解されている。フレイルは健康と要介護状態の間に位置する中間的、可逆的な性質を有し、既に身体機能障害や併存症を有する状態とは区別され、サルコペニアなどの身体的側面に加えて、認知機能低下・うつなどの精神・心理的側面、世帯構造や経済力などの社会的側面が相互に関連している。フレイルやサルコペニアの発症・進展については、性ホルモンやビタミンDを含めた動態との関連性が示唆されており、認知機能におけるホルモンの役割や機能についても知見が集まりつつある。このように、認知症予防の点でフレイルの評価と適切な介入は重要であるが、フレイル評価の際には高齢者総合機能評価(CGA: comprehensive geriatric assessment)の活用も有用である。今回、フレイル・サルコペニア対策における認知症予防について、フレイルと認知症との関連性やホルモン・液性因子の役割を含めて取り上げ、ホルモン・漢方補剤、栄養・運動等による介入アプローチやその可能性についても紹介したい。

佐治直樹
生活習慣から展望する認知症予防
加齢は認知症の危険因子であり誰も避けられない。しかし、加齢によって生体機能が一律に衰える訳ではなく個体差がある。最近では、ヒトの誕生日に基づく暦年齢と生体の加齢状況に基づく生物学的年齢という考えがある。生物学的加齢のスピードを遅らせることができれば、認知症のリスクも軽減できる可能性がある。
認知症疾患診療ガイドライン2017では、認知症の危険因子として、①加齢や遺伝子、②喫煙などの生活習慣、③高血圧・糖尿病・脂質異常症などの血管性危険因子、④メタボリック症候群や睡眠時無呼吸症候群、うつ病などの関連因子が挙げられている。また、認知症の防御因子として、運動、食事因子、余暇活動、社会的参加、精神活動、認知訓練が挙げられている。認知症の発症リスクを軽減させるためには、これらの危険因子や防御因子への対策が重要となる。軽度認知障害(Mild cognitive impairment: MCI)は認知症の前段階と考えられており、その原因として、アルツハイマー病などの神経変性疾患、高血圧や糖尿病などの血管危険因子などが挙げられる。認知症の発症リスクを軽減するためにはMCI段階での対策が必要となる。MCI対策には、薬物療法、非薬物療法、危険因子への介入があり、同ガイドラインでは生活習慣病の管理、適度な運動継続が推奨されている。
抗加齢専門医の役割として、認知機能への加齢の影響を最小限にすべくエビデンスに基づいた生活習慣の対策を患者さんやそのご家族に指導することが期待される。また、認知症やMCIについて地域在住高齢者に啓発することも重要である。もの忘れを自分ごととして捉える高齢者と比較して、中高年の場合は認知症について知識も乏しく、自分が将来かかる可能性のある病気としては、なかなか実感を伴わない。本演題では、認知症対策についてまとめ、抗加齢専門医に期待される活動を展望する。社会全体として認知症を「自分事」として捉えていき、「共に支え、生きる社会」を目指していきたい。

武洲
口腔から考える認知症予防
地球規模の高齢人口増加に伴い、世界の認知症患者は 2050年には1 億 3千万人を突破すると推計されている。高齢化率世界一の我が国では2025年には高齢者の3人に1人が認知症とその予備軍になると見込まれる「2025年問題」に直面している。認知症の 7 割を占めるアルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease, AD)の 9 割は加齢に伴い発症し、ADの脳病態にはアミロイドβ蓄積による老人班、Tau蛋白質過剰リン酸化による神経原線維変性ならびにミクログリア活性化に伴う脳内炎症がある。
糖尿病やリウマチ関節炎など全身炎症性疾患はADの発症と病態進行に関与し、口腔慢性炎症の歯周病は糖尿病やリウマチ関節炎を促す。一方、歯周病は高齢者ならびにAD患者における認知機能低下と正相関し、歯周病病原菌のP.gingvalis菌に由来するlipopolysaccharide(P.gLPS)などの成分がAD剖検脳にも検出されていることから、口腔と認知症への関与が注目されている。私たちは長年にわたり炎症のADへ関与するメカニズムを追究し続けて明らかにしたADの誘発と増悪因子を対象にした認知症予防開発も行っている。
ADは20数年の長いスパンで進行するが、私たちはこれまでP.gingvalis菌が年齢に依存した 1)AD脳病態を誘発し促進すること、2)全身炎症を増大させること、3)脳外でアミロイドβ産生を誘導すること、4)脳外アミロイドβを脳内に輸入させることを明らかにしてきた。本シンポジウムでは口腔から多方向にADの発症と進行に関与するメカニズムを解説し、炎症を対象とした認知症の予防開発も紹介する。
炎症は細胞レベルの老化を促進する観点から、口腔より「炎症軽減」することで細胞レベル抗老化効果を得ることができる。抗加齢的な視点から、口腔より「炎症制御」をすることで加齢につれて増加する認知症の発症と進行を遅らせる現実的な予防アプローチとして提案したい。

石井好二郎
高齢でも健康であるための身体リソース
現在、高齢者を対象とした肥満の診断基準は設定されていない。また、高齢者においては肥満者の方が死亡リスクの低い、オベシティ・パラドックス(obesity paradox)がある。日本人のデータでオベシティ・パラドックスを支持する研究が報告されている。しかしながら、オベシティ・パラドックスは、「肥満者は若くても病気になりやすい。」という選択バイアス(selection bias)、「生き残った高齢肥満者は丈夫。」との生存者バイアス(survival bias)、「喫煙者は痩せていることが多い。」などの交絡因子(confounder)、「病気のために痩せている。」などの逆の因果関係(reverse causation)、などが含まれている可能性がある。
一方、日本の7つのコホート、35万人以上のデータを併せたプール解析では、より詳細にBMIを区分し、死因別にリスク比を検討している。その結果、男性23〜30kg/m2、女性23〜27 kg/m2のBMIで死亡リスクが低いことが報告されている。また、日本人高齢者5,699人(平均年齢79歳、男性43.0%)を対象とし、人工知能(AI)による分析を用いた研究でも、全死亡のリスクが最も低いBMIは25.9~28.4kg/m2であったことが報告されている。全死亡リスクが最も高いBMIは共変量調整の有無にかかわらず12.8~18.7kg/m2であった。したがって、低体重が死亡リスクに関連することは明らかであるが、過体重や肥満であることが死亡リスクを抑制するとは必ずしも言えず、普通体重(BMI 22kg/m2)よりやや高めが高齢者の死亡リスクを低下させる可能性があり、高齢者のフレイルリスクとBMIの関連もほぼ同様の結果を示す。
その他、歩行速度や運動習慣などを含め、高齢でも健康であるための身体リソースの指標を解説する。

三上靖夫
活動が育む百寿者の健康
 わが国の百寿者の総数は増え続けており、2022年に9万人を超えた。京丹後市は日本海を望む京都府北端にあり、人口10万人当たりに占める百寿者の割合は237人であり、全国平均の3.3倍、京都府平均の約3倍となっている。京都府立医大学では、人生100年時代を元気で過ごす鍵を探すべく、2017年から長寿者が多く暮らす京丹後市でコホート研究を行っている。65歳以上の地域住民の健診から、運動器機能、呼吸器機能、循環器機能、摂食嚥下機能、消化器機能、認知機能などの膨大なデータを蓄積しており、横断的かつ縦断的にデータを収集し解析することで、健康長寿の背景因子が解明されると期待されている。
 われわれは、2019年からこのプロジェクトに参画し、活動量計を用いて高齢者の活動時間と心身機能との関連を分析している。これまでに判ってきたことは、エネルギー消費量が3.0Metz以上の活動時間と、骨密度、握力、下肢筋力、歩行速度などの因子と正の相関があり、その一方で、1.5Metz以下の活動時間が女性の骨密度、下肢筋力、歩行速度と負の相関を持つことである。掃除機を使った掃除や風呂掃除、庭の草引きなどが3.3~3.5Metzの動作に相当し、座ってテレビをみる、会話をするなどが1.5Metz以下の動作に相当する。歩数や運動習慣と健康との関連について多くの報告があるが、「座位時間が長いほど死亡リスクが高まる」など、座位時間に注目した研究も増えてきた。高齢になれば、ジムに通うことやウォーキングなど屋外での運動を継続することは困難となることが多い。しかし、われわれの研究結果から、こまめに家事をこなすことや自宅周囲で活動することが、運動器の機能の維持に繋がることが明らかになった。
 このコホート研究から、京丹後市の高齢者の腸内細菌には健康に関わる「酪酸産生菌」が多いことがすでに報告されており、根菜類や海藻などを摂取する食生活の影響が推定されている。百寿者の健康は、身体活動と食が鍵を握ると考えている。

新井康通
百寿者および超百寿者研究の展望
地球規模の高齢化が進む中、健康長寿の達成が個人にとっても社会にとってもますます重要な課題となっている。慶應義塾大学医学部では、1992年からヒトの健康長寿モデルである百寿者の研究を開始し、さらに2002年から105歳以上の超百寿者を対象とした全国超百寿者研究を開始し、現在まで110歳以上のスーパーセンチナリアン 160名を含む900名以上の百寿者/超百寿者の方に調査にご協力を頂いた。これらの研究から、特にスーパーセンチナリアンの医学生物学的特徴として、1)加齢に伴う認知機能の低下が遅い、2)フレイルの発症が遅い、3)心不全のバイオマーカーであるN-terminal pro-brain natriuretic peptide (NT-proBNP)が生命予後と関連し、心臓を中心とする循環システムの老化が遅いことを報告した。さらに、近年の基礎老化科学の急速な進歩により、ゲノムの不安定性、エピジェネティック変化、老化細胞の蓄積など、老化に本質的にかかわるhall marks of ageingが解明されている。百寿者/超百寿者の研究をさらに加齢関連疾患への治療介入に結び付けるためには、こうしたHallmarks of agingがスーパーセンチナリアンではいかに制御され、老化遅延が加齢疾患の回避・遅延につながっているのか、またそのカギとなるパスウェイの解明が必要である。今後は基礎研究と臨床研究とが一体となったtranslational researchとしての発展が重要である。

権藤恭之
人生100年時代のサクセスフルエイジング
 ガリバー旅行記は、誰でも知っている小説であるが、彼がストラルドブラグストと呼ばれる不死人が生まれる国を訪れたエピソードはあまり知られていない。彼は、人が不死であれば永遠に知識を蓄え、不死人は国の発展に大いに貢献するはずだと考える。しかし、不死人は加齢に伴い様々な機能が衰え、最終的に社会で忌み嫌われる存在となると聞かされ落胆する。16世紀にスイフトが描いた状況は現代にも当てはまるのだろうか。
 高齢期から超高齢期にかけての変化について、身体機能を見ると、70歳から80歳にかけての低下は大きくないが、80歳から90歳にかけての低下は非常に大きい。100歳で自立と判断できる人の割合は約20%である。一方、105歳で100mを30秒台で走るような、高いレベルで機能を維持している個人も存在する。認知機能についても同様に、90歳になると大きく低下し、100歳で認知症ではないとされる割合は約40%である。100歳を上回ると平均的にはそれらの機能はさらに低下を示す。我々の調査では107歳以上の女性では100%が認知症だと判断された。一方、110歳を上回っても認知症ではなかったと報告される症例報告も存在する。110年以上の人生を生きるスーパーセンテナリアンは加齢に伴う機能低下が少なく、スイフトの加齢に対する見解とは異なる存在と言える。
 一方、超高齢期には機能低下と幸福感は乖離するとの報告がある。そして、その背景には老年的超越と呼ばれる心理的な発達が存在すると仮定され、現在研究が進められている。これまで、老年的超越は、加齢とともに高まること、高い個人では機能の低下が生じても幸福感が下がらないことなどが報告されている。このような知見は、やはりスイフトとは異なった加齢に対する見解を提供する。そして、21世紀にもたらされた、人生100年時代のサクセスフルエイジングに対する考えを機能の維持や社会との関りを重視する従来のものから、命が存在することの意味や生きている喜びを中心としたものに転換する道しるべとなるだろう。

岩城朱美
住宅の寝室環境が睡眠と皮膚に及ぼす影響
【目的】現代社会において,睡眠の質が人の健康や生活に大きな影響を与えている。寝室を含む住宅環境と健康については,寒冷住宅における疾病の発症リスクや死亡率の増加に関する報告がされている。睡眠が阻害される要因として,心理的・生理的・社会的要因や住宅の温熱環境による物理的な要因がある。寝室環境において,我々は睡眠中,常に顔を曝している。就寝中は免疫細胞の活動が弱まるため,特に空気が乾燥する冬期は,鼻や喉の粘膜だけでなく皮膚の乾燥に注意することが重要視される。本研究は3つの実験を通して住宅の寝室環境が睡眠と皮膚に及ぼす影響を調査し,解析することで因果関係を探る。
【方式】【結果】加湿環境が中年者の皮膚と睡眠に及ぼす影響を評価する実験では,異なる断熱性能の住宅居住者の睡眠時にパーソナル加湿器を使用して,頭部周囲の加湿が睡眠に与える影響や皮膚の水分率,皮膚の肌理について解析した。冬期睡眠時の入眠および皮膚の肌理について局所加湿が有効であったが睡眠効率を維持するためには加湿時間帯に工夫を要すること等を確認した。
全館空調住宅居住者の睡眠に関する実験では,24時間連続運転の全館空調住宅において,中年者の寝室環境,睡眠皮膚水分率及び血圧等を調査した。また,睡眠効率等に関して個別空調住宅居住者との比較を行った。入眠前の室温調整の睡眠への影響を把握すると共に,起床後の収縮期血圧上昇を抑制する空調・加湿方法等を明らかにした。
居室及び空調方式の違いによる睡眠への影響を評価するための若年者を対象としたモデルハウスでの実験では,夏期睡眠時における全熱交換型全館空調方式の設定室温を変化させる制御条件の違いによって生じる段階的な気流変化や吹き出し口位置の違いによる気流性状と,入眠や睡眠維持,疲労回復,深睡眠割合等との関係を把握した。
【結論】空調制御方式の違いや温度,気流によって睡眠の質が向上する可能性がある一方で,睡眠時の環境条件を人体が許容できない可能性も考えられるため,さらなる研究を進めることが必要である。

佐藤和恵
医療空間におけるアンチエイジング要素を考える
皆様!お元気ですか?とお尋ねしたら、「ハイ!元気です!」との、お答えが返ってくるでしょうか?何人かの方は、「いいえ!」か「何となく今一です」とおっしゃる方もおられるのではないでしょうか? 別にどこが悪いわけでなくても、何となく「はい!」とは言えないですかね。まして、病院内とかでは。病院にいるということは、どこか不具合があるから、そこにいるわけですものね。まして、年老いていれば、色々と不具合がありますから。ある時、ご自分のアンチエイジングに対する悩みをお聞きしたら、一番多かったのが、顔の老化(34.4%)、次が体系の老化(24.6%)、後は筋力、髪、精神面との回答を頂きました。脳は27歳から老化(脳の神経細胞150憶個:1日10万個以上減少)します。年齢による物忘れは回復しますが、記憶力、集中力は50代から減少が自覚されます。
病的物忘れは、進行して、痴呆(脳血管痴呆:脳梗塞、脳出血、アルツハイマー病)に。
長寿の秘訣として、色々言われていますが、私はいつも10項目をあげます。
1:生きがいを持つ  2:豆類を沢山食べる  3:野菜はたっぷり、多種類食べる
4:食べ過ぎない  5:徹底的な健康チェック  6:坂道を歩く
7:アルコールを嗜む  8:チョコレートを食べる  9:死ぬまで働く
10:医者を選ぶ
  健やかな老年を維持するためには以上のことが大切かと思います。
京大教授であられた、大島 清先生は、長寿の秘訣として、以下のことを言われてました。
           長寿の秘訣
      か:感動すること
      き:興味を持つこと
      く:工夫すること
      け:健康であること(心身)
      こ:恋心をもつこと

石川敦雄
室内空間の明るさがコミュニケーションに及ぼす影響
【背景】
何歳になっても,社会的な関わりを維持し続けることは,充実した社会生活に重要である。一方で加齢に伴い,他者に相談する機会やソーシャルサポートを受ける機会等が減少することが報告されている。
【目的】
本研究では,明るさがコミュニケーションに及ぼす影響を現実のコミュニケーション場面で検討する。具体的には,明るさを操作した実験室において,実験協力者と参加者との間で特定の話題について会話する心理実験を通じて,明るさがコミュニケーションに及ぼす影響を明らかにすることを目的とする。
【方法】
実験デザインは,明るさ2条件(明・暗)を参加者間要因,質問紙の測定タイミング(事前・事後)を参加者内要因とする混合計画とした。参加者は,20~40代の男性30名である。明るさは,机上面照度で明条件3808 lx (SD=23.7),暗条件384 lx (SD=23.9)であった。心理的距離の測定には,心理的重なり尺度(IOS)を採用した。
【結果】
心理的距離に対して,明るさ×測定タイミングの2要因混合分散分析を実施した結果,明るさの主効果のみが有意傾向であり,暗条件 (M=2.73, SD=1.437)の方が,明条件(M=2.07, SD=1.285)よりも心理的距離を小さくなることが有意傾向であった(F(1, 28)=3.024, p=.093)。また,物理的な対人距離に関して,暗条件(M=105.6, SD=8.63)が明条件(M=111.7, SD=7.19)よりも有意に短かった(t(28)=2.114, p<.05)。
【考察】
本研究の結果から,室内空間の暗さは,コミュニケーション場面における物理的な対人距離や心理的距離を縮めるとともに,会話満足度を高めるといったポジティブな影響を及ぼすことが明らかになった。関連する先行研究の知見と照らし合わせ,本研究が示した影響過程には,物理的な暗さと他者との一体感(oneness)との潜在的な連合が影響していると考える。

長阪玲子
環境条件が導く食欲および食嗜好
食欲についてはこれまでに多くの研究がなされ,食欲制御ホルモンの発見以降,エネルギー代謝との関係については徐々に解明されてきた.哺乳類は体温を一定に保つため,環境温度が低温になると熱産生量を増加させエネルギー消費が亢進される.そのため哺乳類にとって,環境温度の変化に伴い摂食を制御することは非常に重要である.環境条件の一つである明暗サイクルの周期が延長すると,マウスにおいて食物摂取量が減少するという報告がある.マウスやラットなどの齧歯類は暗期に活動が亢進され,明期は活動が抑えられることから,暗期に摂食が多くなる.概日リズムは明暗サイクルの影響を受けており,概日リズムの消失は,メタボリックシンドロームの兆候につながる可能性があることが示されている.また,概日リズムを統制するclock遺伝子欠損したマウスは,日中の摂食リズムが崩壊し,過食肥満であり,高レプチン血症,高脂血症,肝脂肪症,および高血糖症の代謝症候群を発症する.このように概日リズムは,摂食および代謝と強く関わっている.
生育温度や明暗条件などの環境条件は食欲だけでなく,嗜好性にも影響を及ぼすことが明らかになりつつある.哺乳類が栄養素の選択をどのように行っているかについては不明な点が多く,環境温度と餌の選択性についても研究が進められている段階である.これまでに脳視床下部におけるAMP活性化プロテインキナーゼ濃度がショ糖嗜好性に関与していることや,脂肪酸鎖長延長酵素Elovl6や,視床下部に存在するMCHおよびCRHといった神経性ペプチドホルモンもショ糖嗜好性に関与していることが報告されている.我々はマウスにおいて環境温度が摂餌量だけでなく嗜好性を変動させる事を確認した.さらにレプチン投与実験によってその嗜好性の変動は,環境温度変化に伴い誘導された血中レプチン濃度の変化に起因していることが明らかとなった.
このように環境条件と食欲および食嗜好に関しては様々なメカニズムを通して関係しあっており,今後のさらなる研究が望まれる.

葦沢龍人
多職種で診るフレイル予防ー医師の立場からー
近年、医師および医療スタッフの専門性を前提とした、多職種連携によるチーム医療の提供が推奨されている。その効果として①医療の質の向上、②医師の負担軽減、③医療安全の向上、④医療経費の削減等が期待される。厚労省は医療スタッフの役割として、「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について(平成22年)」を医政局長通知として示し、医療スタッフが現行制度の下で実施可能な業務を具体的に上げている。一方、医療者の業務の多くは医師の指示を前提としており、医師の業務のサポートを行う立場にある。
超高齢社会のわが国において、本学会の目標である健康寿命の延伸のためにもフレイルの把握は欠かせず、その対応はチーム医療が前提となる。つまり フレイル診療は、医師と医療者による多職種連携の典型的な場であり、各医療者の専門性が極めて重要な役割を果たす。現在フレイルの概念は、筋力低下・歩行速度低下等の身体的機能のみならず認知・心理等の精神的機能や独居・経済的困窮等の社会的機能を含む多元的な要因でもたらされる可逆的な虚弱状態とされる。その診断方法に未だ統一された基準はないものの、わが国では表現型モデルの代表的なCHS基準を修正した日本版CHS(J-CHS)基準が提唱され、その妥当性も示されている。一般にフレイルは、このモデルに基づく①体重減少、②筋力低下、③疲労感、④歩行速度、⑤身体活動等を指標とした評価により表現される。また多面的なフレイル対策としての複合プログラム(運動・栄養・社会参加)は、その予防・改善において極めて有効とされる。
本学会には2023年3月15日現在7727名の医師・歯科医師と1364名の医療スタッフが会員となっており、これら医療者のうち466名は本学会の指導士資格を取得している。将来、本学会により認定される指導士(看護師、保健師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士、公認心理士等)が、多職種連携としてフレイルの評価および複合プログラムの実施へ参入することが期待される。

関川加奈子
 フレイル予防に必要な看護職の視点
 フレイルとは、身体的、精神・心理的、社会的フレイルという広い概念が含まれている。フレイル予防においては、栄養面、運動面、社会面へのアプローチが求められるなか、看護職にはどのような役割が期待されるのだろうか。
 現在、医療・介護・福祉の体制は、従来の疾病や傷害の治癒・回復を目的とする「病院完結型」から、生活の質を重視し、疾病や障がいがあっても、住み慣れた地域でその人らしく暮らすことを支える「地域完結型」へと大きく変換している。このようなパラダイムシフトが求められるなかで、看護師が高齢者を支える様々な場所(急性期病院、在宅や介護施設、地域づくり)での役割を考えたい。

石黒佳代子
栄養管理領域からみるフレイル予防 ~臨床現場での工夫~
 高齢者、特に疾患を伴う高齢者は栄養不良のリスクが増え、低栄養に陥りやすい。そのため、臨床現場の管理栄養士にとって、各患者の疾患に配慮しつつ、フレイルの発症や低栄養の予防を含めた栄養管理を行うことは重要な責務である。
 フレイルと栄養は密接に関連する。例えば、筋肉量低下や食欲低下の相互作用により身体機能が低下していくサイクルを「フレイルサイクル」と呼び、低栄養はサイクルの根本原因の一つとなる。サイクルを止めるには意識的な栄養療法と運動療法が推奨される。
 高齢者の栄養療法は、メタボ対策からフレイル対策へ管理を切り替える時期がある。概ね65歳以上はフレイル対策に重点をおくと言われるが、そのタイミングは個人で異なり、画一的な栄養管理ではなく個人のライフステージに合わせた管理が必要である。更に臨床現場では、急性疾患から慢性疾患に渡り、患者の疾患に合わせたより細やかな介入が求められる。
 フレイル対策として栄養面ではエネルギーとタンパク質の摂取、ビタミンD欠乏の改善に加え、食事では食品摂取の多様性が推奨される。これらを各患者の栄養療法の中で、いかに実行・継続させるか指導や介入に工夫が必要となる。
 特に、高齢入院患者の30~50%に低栄養が見られると言われ、栄養介入としては、まず低栄養のリスク患者をスクリーニングし、リスク患者の栄養状態を評価する。その後、必要栄養量の算出、栄養摂取経路(経口・経腸・静脈栄養)の選択など栄養介入の計画を立てて実施し、モニタリングと再評価を繰り返す。その中で明らかとなった様々な問題(咀嚼・嚥下障害、ポリファーマシーなど)について、多職種と連携しながら栄養療法の調整を適宜実施している。また、病院・施設内の管理に留まらず、病病連携・病診連携などの地域連携により栄養管理を継続して行うことも重要となる。
 今回、栄養管理領域からみる低栄養やフレイル予防、臨床現場の管理栄養士の役割を考えるとともに、当院での管理栄養士の具体的な介入を踏まえた上で、今後の課題について考察する。

山下真理
フレイルにおける心理的アプローチ:心理職の役割
【目的】フレイルのアセスメントおよび介入に関して、身体的側面が強調される傾向があるが、心理的側面や認知的側面の評価も重要である。また、フレイル問題に携わる心理職には、患者の背景を理解した上で、現時点での意欲や行動様式、生活環境といった側面に変化を促すべくアプローチしていくことが求められるが、その実践報告は未だほとんどない。本発表では、Mild Cognitive Impairment(MCI)高齢者を対象とした運動教室に認知行動療法を援用したパイロット研究を通して、フレイルのアセスメントおよび介入における心理職の役割を紹介する。
【方法】地域在住のMCI高齢者18名(男性6名)を対象に、隔週90分間の多因子介入研究を12か月間実施している。研究では、健康習慣の定着をはかるために、集団認知行動療法を援用したプログラム(GCBT)を、運動と共に実施している(2022年9月~2023年8月まで実施予定)。身体機能(握力、歩行速度等、Friedらの基準によるフレイル)認知機能(MoCA-J)、抑うつ(GDS)、ソーシャルネットワーク(LSNS-6)、意欲(J-DAS)などを測定する。GCBTの内容は、運動定着を阻害する理由として最も多かった、「#3忘れる問題(行動のし忘れへの対処)」、「#4時間の使い方問題(運動の時間が確保できない)」、「#5気が乗らない問題」といった問題解決に加え、「#1導入」「#2, #7目標設定(長期目標と短期目標を決める)」「#6サポートマップづくり(身の回りのサポート資源を見直す)」を行った。また、参加者がCBGTの知識を活用できるように、「#8~#12応用」を行った。
【結果】ベースライン時点での参加者の平均年齢は、77.8±5.2歳、MoCA-J平均得点は23.7±1.2点、GDS平均得点は4.4±3.4点、LSNS-6は13.2±4.9点、J-DAS平均得点は29.05±7.6点であった。フレイル該当者は1名、その他プレフレイル該当者は10名であった。
【結論】本研究は、継続中の介入研究の途中経過である。当日の発表では健康習慣の定着をはかるためのGCBTの内容を紹介する。

永井宏達
理学療法領域からみるフレイル予防
これまで理学療法士は、フレイルの「予防」よりも既にフレイル状態にある対象者の進行予防やその改善(リハビリテーション)に関わることが多かった。しかし現在では、一般介護予防事業の地域リハビリテーション活動支援事業や、保健事業と介護予防の一体的実施の中で、理学療法士が地域の中で住民のフレイル予防に関わる機会が増加している。
フレイル予防に重要とされている「運動」「栄養」「社会参加」のうち、理学療法士は特に運動(運動機能)の要素に専門的に関わることが期待されているであろう。予防策の一つとして、地域高齢者のフレイル予防には身体活動の確保が有用であることが近年明らかになっている。筆者らは低強度の身体活動がフレイルの予防に関連する可能性を報告している(Nagai K, Clin Interv Aging 2018)。また、フレイルと関連が強いサルコペニアでは、中高強度の身体活動時間の確保が有効である可能性がある(Nagai K, J Am Med Dir Assoc 2021)。活発な運動習慣はフレイル予防に重要である一方で、その運動を、継続的に取り組んでいただくことは容易ではない。住民の運動への意識を高め運動の継続率を向上させるにあたり、個別の支援が出来る場合は、行動変容ステージに基づくテーラーメイド型の関わりが効果的である。一方で、ポピュレーションアプローチ等において個別の支援が必ずしも実施できないケースでは、ICT等を用いたモニタリングと活動の支援が有効となる可能性がある。
運動はフレイル予防に重要な要素であるものの、地域の現場では、低栄養のリスクを有しているケースや社会的に身体活動を高めづらいケースも多く、理学療法士だけで効果的なフレイル予防を実施することは不可能である。本講演では、多職種連携の中で理学療法士が担うべき役割について紹介しながら、住民の互助力向上を含めた包括的なフレイル予防の在り方について、理学療法士の視点から話題提供したい。

古見嘉之
薬剤領域からみるフレイル予防
フレイルは要介護状態に至る前段階として位置づけられ、身体的、精神・心理的、社会的脆弱性などの多面的な問題を抱えやすく、自立障害や死亡を含む健康障害を招きやすいハイリスク状態を意味する。昨今、身体的および機能的低下や死亡率の増加などの健康への悪影響との直接的な関係があるとされており、関心が高まっている。
同様に、ポリファーマシーは“薬物の多剤併用療法上でのあらゆる不適正使用”として定義され、高齢者に多いことが知られている。また、ポリファーマシーは転倒、機能障害、副作用、服薬アドヒアランスの低下など、健康、生活上への悪影響が懸念され、薬物間相互作用、潜在的に不適切な処方など、関連する複数の要因がこれらの有害な結果に関与している可能性があり、日常診療において重要課題と考えられる。
フレイルとポリファーマシーの関連性は、広く研究されているが、因果関係までは現状、特定できていない。しかし、薬理学的視点から考えると、転倒、認知機能低下、消化管機能低下など老年症候群を惹起し、身体的、精神・心理的、社会的のどのフレイルにも薬剤が相互に影響を与えている可能性がある。これらの予防のためにも薬剤の適正使用は非常に重要であり、医師、薬剤師を含めた多職種で対応することが望まれている。
 東京医科大学病院の高齢診療科病棟では週に1回、ポリファーマシーが疑われる患者を対象としたカンファレンスを実施し、医師、看護師、薬剤師が患者の今後の治療方針、生活状況や薬物関連有害事象の有無やそのリスク回避、薬剤の用法・用量など多面的な角度から薬剤が適正に使用されているかを確認し処方変更に活用している。本日はその概要、実際に薬剤の減薬に多職種が関わった事例、多職種での今後の対策について、展望を紹介する。

中神啓徳
医療機関で提供しているエイジングケア療法に関するアンケート結果報告
 アンチエイジングを目的とした治療は多様化かつ活性化していることから、本学会員を対象にアンケートによる実態調査を行った。実施期間は2022年12月2日から2023年1月2日の1か月間、本学会会員の医師、歯科医師を対象にメールでのアンケート依頼を行ったところ、240名の方に回答いただいた。
 アンケート内容と結果の概要は以下であった。
提供している療法分類(複数回答):食事指導・生活習慣指導・運動療法・サプリメントが多く実施されていた。
提供している具体的療法(複数回答):アンチエイジングドックに関連するものが多かったが、点滴治療、細胞治療などの治療法も多く回答されていた。
治療効果が高いと考えられる療法(1つを選択):アンチエイジングドック治療、高濃度ビタミン点滴療法、ホルモン補充療法などの回答が多かった。
多く選択されている療法(1つを選択):アンチエイジングドック治療、高濃度ビタミン点滴治療、ホルモン補充療法などの回答が多かった。
今後効果が期待できると考えている療法(1つを選択):幹細胞療法、高濃度ビタミン点滴療法、ホルモン補充療法などの回答が多かった。
エイジングケア療法を導入する際に参考とする情報(複数回答):エビデンス、治療成績、論文、文献、学会での発表などの回答が多かった。
 本セッションでは、アンケート結果の詳細をご紹介する。

齋藤健一郎
アンケート結果に関わる倫理および法的な見解と対策
近時、医療機関においては、エイジングケア名目で様々な治療が行われている。
医行為とは、医療及び保健指導に属する行為のうち、「医師の医学的判断及び技術をもって行うのでなければ、保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」をいうところ、どのような行為であっても医師が行えば正当化されるものではない。医師の診療行為を正当化するためには、医療技術に則した正当なものであることが必要である(医術的正当性)。
すなわち、ある治療行為が医学上一般に承認されているものであること、言い換えれば医学的に認められている方法で医療が行われなければならない。それでは、どのような方法がこれに当たるか。
我が国では、例えば医師法24条の2の規定に基づく厚生労働大臣指示としてのいくつかのガイドラインは存在しているものの、診療に関する法律上の規制は行わず、医師が自らの判断で医術的正当性を確保すべきであるとされている。
 医術的正当性については、具体的な医療ごとに最終的には裁判所により判断されることとなるが、医療水準に達していない診療は認められないのが原則であり(東京地判昭和47年5月19日判決)、他に採用するべき方法がない場合の補充として、疾病の重篤度、患者側に対する説明と承諾を要件として限定的に正当化されるべきである。
 科学的な根拠がないまま、専門家とされる人物や先人が行っていた治療、提唱した治療をそのまま実施していた場合、そのような治療に医術的正当性が認められないとして、民事法上、善管注意義務違反、債務不履行又は不法行為責任などの責任が追及され、また、傷害罪にあたるなどとして刑事責任が追及される場合がないとも限らない。
 患者の同意があればどのような行為も正当化されるというわけではないことに留意が必要である。

山田秀和
学会として今後の対応について
抗加齢医学の進歩に伴い、多くのエイジングケアが実臨床でなされている。日本抗加齢学会会員は、運動・栄養・精神・環境についての、最先端の領域を科学的に常に学び続けている。近年は、さらに治療法にまで手法が進んでおり、対応すべき領域はさらに拡大している。サプリメントにおいても、機能性表示食品や特定保健食品としてより科学的な理解が進む食品ができる一方、NMNのように薬剤開発を目指す物質まで見出されてきた。さらに、再生医療領域はアンチイエジング医学では、大変重要な領域となった。細胞治療、細胞フリー療法ともに急速に実臨床でも検討が進んでいる。アンチエイジング医学を進めてゆく上で、これらを用いた治療法を行うにあたって、医療広告規制や再生医療法などの改定などを見据えて、法令遵守はもちろんのこと倫理についても十分配慮をし、かつ、次世代のアンチエイジングを模索してゆく必要がある。学会においても講習会や適切な委員会を開催して、学会内での理論と実践の両方を会員に提供してゆきたい。すでに実施されているアンケート結果の報告と、法的解説をいただき、現状認識と2023年度以降の学会、講習会などについて解説したい。

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